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ランパル Rampal, Jean-Pierre-Louis

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ランパル
Rampal, Jean-Pierre-Louis

[生]1922.1.7. マルセイユ
[没]2000.5.20. パリ
フランスのフルート奏者。マルセイユとパリの音楽院で学び,1947年ジュネーブ国際コンクールで優勝,同年ビシーの管弦楽団に所属,55年パリ・オペラ座管弦楽団のソリストとなる。 68年パリ音楽院教授に就任。古典から近代音楽まで幅広いレパートリーをもつ技巧家肌の名手として知られ,J.フランセ,A.ジョリベ,F.プーランクらが作品を捧げている。また指揮者としても活躍。世界各地で演奏活動を行なっており,64年の初来日以来日本での公演も数多く行なった。

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百科事典マイペディアの解説

ランパル

フランスのフルート奏者。生地のマルセイユ音楽院とパリ音楽院に学ぶ。1947年ジュネーブ国際音楽コンクールで優勝し,1951年−1956年フランス国立放送管弦楽団,1956年−1962年パリ・オペラ座管弦楽団(オペラ座)で首席奏者を務める一方,独奏者として名声を高めた。
→関連項目フルート

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世界大百科事典 第2版の解説

ランパル【Jean‐Pierre Rampal】

1922‐2000
フランスのフルート奏者。生地マルセイユの音楽院で父ジョゼフJosephにフルートを学ぶ。その後医科大学に進んだが,軍に召集されて医学を捨て,特別な許可を得て,ドイツ占領下のパリ音楽院に入学,5ヵ月で卒業。管弦楽団に所属する一方,独奏者としても活動。1950年代後半にはフランスの代表的なフルート奏者として国際的に知られるにいたる。また室内楽の面でも活動した。華麗な音色と達者な技巧,あらゆる作品を含んでいる広範なレパートリーのために,ランパルは第2次世界大戦後のフルート界の最初のスターとなった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ランパル
らんぱる
Jean-Pierre Rampal
(1922―2000)

フランスのフルート奏者。生地マルセイユの音楽院で父に学ぶ。大学で医学を専攻したが、退学してパリ音楽院に進む。1947年ジュネーブ国際音楽コンクールで第1位となって名をあげ、フランス国立管弦楽団、パリ・オペラ座の首席奏者を務めるかたわら、パリ・バロック・アンサンブルやフランス管楽五重奏団のメンバーとして室内楽でも活躍した。やがて華麗なスタイルと傑出した演奏技巧を生かして独奏活動に専念、広いレパートリーと多彩な表現力で第二次世界大戦後の世界のフルート界に大きな影響を及ぼした。1964年(昭和39)初来日、以後来日を重ね、日本のフルート人気に火を点じた。[岩井宏之]
『ジャン・ピエール・ランパル著、吉田雅夫訳『音楽、わが愛』(1992・シンフォニア) ▽レーグラ・ミュラー編、金昌国訳『フルーティストとの対話』(1992・音楽之友社)』

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