改訂新版 世界大百科事典 「リンゴ酸」の意味・わかりやすい解説
リンゴ(林檎)酸 (りんごさん)
malic acid
ヒドロキシ酸(オキシカルボン酸)の一種で,オキシコハク酸hydroxysuccinic acidに相当する化合物。不斉炭素原子が1個含まれるので光学異性体が存在し,(+)-,(-)-,およびラセミ体の3種(図参照)が知られている。
天然に存在するのは(S)-(-)-リンゴ酸で,リンゴやブドウなどの果実中に存在する。これは融点100℃の針状結晶で,水,アルコールには溶けるが,エーテルには溶けにくい。薄い水溶液は左旋性を示すが,濃度が高くなると右旋性を示すようになる。酸解離指数pKa(25℃)は,pK1=3.95×10⁻4,pK2=8.3×10⁻6。清涼飲料水の酸味づけに用いられる。(R)-(+)-リンゴ酸は融点98~99℃の結晶で,(R,R)-(+)-酒石酸をヨウ化水素酸で還元すると得られる。ラセミ体は融点130~131℃。フマル酸またはマレイン酸をアルカリと加熱して水を付加すれば生成する。水によく溶ける。中和滴定における酸の一次標準物質として用いられる。リンゴ酸にヨウ化水素酸を作用させるとコハク酸が生成し,強く加熱するとフマル酸と無水マレイン酸に変化する。
執筆者:小林 啓二 生化学的にはクエン酸回路(TCA回路)中の中間生成物の一つで,回路中では,フマラーゼによりフマル酸と水から生成する。さらにリンゴ酸脱水素酵素によりオキサロ酢酸となり,この過程で1分子のNAD⁺が還元されNADHとなる。植物や微生物では,グリオキシル酸回路の中間生成物としても存在する。この場合は,アセチルCoAとグリオキシル酸から,リンゴ酸合成酵素により生成する。他の例として,ピルビン酸,二酸化炭素,NADPHからリンゴ酸酵素により合成される場合もある。この反応はクエン酸回路にリンゴ酸を補う役割を果たす。以上の反応では,L-リンゴ酸((R)-(+)-リンゴ酸)のみが生成する。たとえば,フマラーゼの場合では,水分子のHとOHをトランスの位置に付加し,その結果L-型のみが生成する。一方,D-リンゴ酸((S)-(-)-リンゴ酸)は,植物に多く存在し,とくにリンゴ,ブドウ等の果実中に多量に含まれている。
執筆者:柳田 充弘
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報