日本大百科全書(ニッポニカ) 「ラセミ体」の意味・わかりやすい解説
ラセミ体
らせみたい
racemic modification
等しい量の光学対掌体(エナンチオマーenantiomer)からなる光学不活性の物質をいう。光学活性をもたない原料および試薬を用いて不斉(ふせい)化合物を合成すると光学活性(旋光性)をもたないラセミ体が得られるほか、両光学対掌体を等量混合した溶液から結晶させるなどの方法によってもラセミ体が得られる。ラセミ体の溶液は光学対掌体を等量含む混合溶液にすぎないが、固体では、(1)ラセミ化合物、(2)ラセミ混合物、(3)ラセミ固溶体、の3種の形態のいずれかで存在する。ラセミ化合物racemic compoundでは、両対掌体が1:1の組成の分子化合物をつくっていて、一般に、光学活性な対掌体に比べると結晶形、融点、溶解度などの性質が異なっている。ラセミ混合物racemic mixtureは両方の光学対掌体の結晶が等量混じり合ったもので、結晶を大きく成長させると肉眼で両対掌体結晶を拾い分けることもできる。ブドウ酸アンモニウムナトリウムの結晶を拾い分けてD-酒石酸とL-酒石酸に分割したフランスのパスツールの実験は有名である。ラセミ固溶体racemic solid solutionは、光学対掌体と融点が等しく、また両対掌体の比率を変えても融点は変わらないという特色があるが、その例は比較的少ない。
[廣田 穰 2016年11月18日]