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ル・プレー Le Play, (Pierre Guillaume ) Frédéric

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ル・プレー
Le Play, (Pierre Guillaume ) Frédéric

[生]1806.4.11. カルバドス
[没]1882.4.5. パリ
フランスの社会学者,採鉱技師。 1840年エコール・ド・ミンヌ (鉱山学校) の主任技師および冶金学教授,48年同校の監査役。技師としての仕事のかたわら 55年頃まで社会調査活動にたずさわった。しかしフランス二月革命を契機に技師を断念,社会学に専心することを決意。さらに普仏戦争にフランスが敗れたため,67年からつとめた上院議員を辞任,政界からも退いた。彼は社会改良の理論と実践の基礎として現実の状態を科学的に把握するため,労働者の家族の実態調査を行い,社会調査の祖の一人に数えられている。彼の開発した地域調査方法は,多くの後継者を生み出し,ル・プレー学派と呼ばれるにいたった。主著『ヨーロッパの労働者』 Les Ouvriers européens (1855) ,『フランスにおける社会改良』 La Réforme sociale en France (2巻,64) 。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ル・プレー
るぷれー
Pierre Guillaume Frdric Le Play
(1806―1882)

フランスの社会学者、社会改良運動家。エコール・ポリテクニク(理工科大学校)卒業。鉱山技師だった若いころのヨーロッパ各地での見聞とカトリック信者としての情熱から社会改良を志し、そのための理論構築と実践活動に従事するが、その基礎として社会的現実の実態を科学的に把握することが不可欠であるとして労働者家族に関する実態調査を実施し、膨大な著書『ヨーロッパの労働者』Les ouvriers europens全6巻(1855)を公刊した。この研究をもって彼は社会調査の祖の一人とされ、多くの後継者を生んで、ル・プレー学派を形成した。彼の改革思想は自由主義とも社会主義とも異なり、家父長的家族制度と温情主義的親方制度による伝統的秩序の復活を志向する保守主義的なものであった。彼の研究と実践活動の影響は単にフランス内部にとどまらず広く欧米に及び、イギリスではル・プレー・ハウスLe Play Houseが設立された。[石川晃弘]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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