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ルートウィヒスハーフェン Ludwigshafen

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ルートウィヒスハーフェン
Ludwigshafen

正式名称はルートウィヒスハーフェンアムライン Ludwigshafen am Rhein。ドイツ西部,ラインラントファルツ州の都市。ライン中流部,マンハイムの対岸にある。 17世紀初頭にライン川の橋畔集落として成立。現地名は 1843年バイエルン王ルートウィヒ1世にちなんで改められた。 59年に都市権獲得。バスフ本社があり,アニリン染料,人造肥料などの化学工業が盛ん。そのほか金属,機械,ガラス工業などが立地。河港は 97年に完成,マンハイムとともにライン中流の重要港。国際競技場,マリエンヒンメルファールト聖堂 (1774~77) がある。バスフ社の超高層ビル (101.6m) も有名。人口 16万3340(2010)。

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百科事典マイペディアの解説

ルートウィヒスハーフェン

ドイツ南西部の都市。ラインラント・ファルツ州のライン川左岸の河港都市でマンハイムの対岸にある。化学,金属,建築材料,食品などの工業が行われる。19世紀に寒村から産業都市へ急激に発展した。

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世界大百科事典 第2版の解説

ルートウィヒスハーフェン【Ludwigshafen am Rhein】

ドイツ南西部,ラインラント・ファルツ州の都市。人口16万8000(1995)。マンハイム対岸のライン川中流左岸の工業都市。1607年にマンハイムの要塞が築かれて以降興隆。1816年にバイエルン領となり,43年にルートウィヒ1世の名を冠し,59年に都市となる。68年バーデン・アニリン・ソーダ工場(BASF)が建設され,94年に新港建設に着手し,以後化学工業と港湾を中心に発展を遂げた。【川本 和良

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ルートウィヒスハーフェン
るーとうぃひすはーふぇん
Ludwigshafen am Rhein

ドイツ南西部、ラインラント・プファルツ州の都市。人口16万2200(2000)。正式名称はルートウィヒスハーフェン・アム・ライン。ライン川左岸に位置し、河港をもつ。1606年に対岸の都市マンハイム(バーデン・ウュルテンベルク州)に構築されたフリードリヒスブルク要塞(ようさい)の橋頭堡(きょうとうほ)の一つであった。19世紀にバイエルン王国の貿易港として発展し、1859年市制施行。交通上有利な位置にあるため各種工業が立地するようになり、市街地の北隣には広大な敷地の化学工場(BASF社)も立地する。マンハイムのライン河港と一体となった工業地域を形成し、州内では州都マインツに次いで人口の多い都市となった。第二次世界大戦中、連合軍の爆撃で被害を受けた。[朝野洋一]

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