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レーマン レーマン Lehmann, John Frederick

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

レーマン
レーマン
Lehmann, John Frederick

[生]1907.6.2. バッキンガム,ボーンエンド
[没]1987.4.7.
イギリスの批評家。ケンブリッジ大学に学んだ。『ニューライティング』や『ロンドンマガジン』の編集を通じて新しい文学の紹介,新人の発掘に努めた。自伝や詩集もある。

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レーマン
レーマン
Lehmann, Lotte

[生]1888.2.27. ペルレベルク
[没]1976.8.26. サンタバーバラ
ドイツ生れのアメリカソプラノ歌手。ベルリン高等音楽学校で学び,1910年ハンブルクワーグナーの『ローエングリン』に出演以来,ワーグナー歌手として知られた。 30年シカゴに,34年メトロポリタン歌劇場デビューし,アメリカに定住,38年市民権を得た。

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レーマン
レーマン
Lehmann, Max

[生]1845.5.19. ベルリン
[没]1929.10.8. ゲッティンゲン
ドイツの歴史家。 L.ランケ門下生。 1888年マールブルク大学,93年ライプチヒ大学の各教授。同年ゲッティンゲン大学に移り,死ぬまで教授をつとめた。自由主義的歴史観をもって,ドイツの英雄,軍人の伝記にすぐれた業績を残した。

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レーマン
レーマン
Lehmann, Rosamond (Nina)

[生]1903.2.3. ロンドン
[没]1990.3.12.
イギリスの女流作家。 J.レーマンの姉。 Wogan Philipps夫人。女性心理を扱った繊細な作品で知られる。処女作『汚れた答え』 Dusty Answer (1927) で一躍有名になり,『バラッドと典拠』 The Ballad and the Source (44) などを発表,代表作は『こだまする茂み』 The Echoing Grove (53) 。

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レーマン
レーマン
Lehmann, Rudolf

[生]1842.10. オルデンブルク
[没]1914.2.4. 東京
ドイツの来日教師,技師。カルルスルーエ工業専門学校卒業。造船,機械技師。兄が大坂に商会を営んでいた関係で来日し,明治3 (1870) 年,京都府に建築技師として招聘され,汽船組立てに従事。

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レーマン
レーマン
Lehmann, Wilhelm

[生]1882.5.4. ベネズエラ
[没]1968.11.17. エッケルンフェルデ
ドイツの詩人,小説家。教員生活を経て,第1次世界大戦に従軍。帰還後,『偶像破壊者』 Der Bilderstürmer (1917) をはじめとする小説を発表したのち,『沈黙の答』 Antwort des Schweigens (35) ,『緑の神』 Der grüne Gott (42) ,『恍惚の塵』 Entzückter Staub (46) などで,自然抒情詩の代表者とされる。

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百科事典マイペディアの解説

レーマン

ドイツ生れのソプラノ歌手。20世紀前半を代表する歌手の一人。ベルリン高等音楽学校に学び,1910年ハンブルク国立歌劇場でデビュー。R.ワーグナーやR.シュトラウスオペラで名声を高め,1916年ウィーン国立歌劇場に移籍。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

レーマン Lehmann, Rudolf

1842-1914 ドイツの技術者,教師。
1842年10月15日生まれ。明治2年(1869)兄のカールが設立したレーマン・ハルトマン商会の相談役として来日。京都の欧学舎教師となり,同僚たちと日本初の独和辞典の編集にあたる。10年「和独対訳字林」を校定。のち東京外国語学校,東京大学予備門でおしえ,退職後は日独貿易に従事した。大正3年2月4日東京で死去。71歳。オルデンブルク出身。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版の解説

レーマン【John Frederick Lehmann】

1907‐87
イギリスの詩人,批評家,編集者。ケンブリッジ大学出身。オーデングループと親密で,彼らとともに左翼運動に加わる。雑誌《ニュー・ライティング》(のち《ペンギン・ニュー・ライティング》)の編集者として1930年代の新しい文学運動に貢献。またこれより前,レナードバージニアウルフ夫妻ホガースプレス創立と経営に尽力する。第2次大戦後は《ロンドン・マガジン》(1954‐)を創刊,61年まで編集長を務める。

レーマン【Rosamond Nina Lehmann】

1903‐90
イギリスの女流作家。J.F.レーマンの姉,女優ベアトリクス・レーマンの妹。ケンブリッジ大学卒業。少女期の不安定で繊細な,うち震えるような感受性を美しく香気豊かに描き出す作風をもち,処女作《味気ない答え》(1927)はその典型的なものである。《ワルツへの招待》(1932),《街の気候》(1936)は連作で,女主人公オリビアの18歳の無垢さと,10年後に結婚生活に傷つき離婚した経験とが描かれ,明と暗の対照,無垢と経験の照応がみごとである。

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大辞林 第三版の解説

レーマン【Lotte Lehmann】

1888~1976) ドイツのソプラノ歌手。ウィーンを中心にオペラ歌手として活躍。豊麗な声と劇的な表現で、ワーグナーや R =シュトラウスを得意とした。ナチスに追われアメリカに亡命し帰化。

出典|三省堂
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