コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ロストフツェフ ロストフツェフ Rostovzeff, Michael Ivanovich

5件 の用語解説(ロストフツェフの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ロストフツェフ
ロストフツェフ
Rostovzeff, Michael Ivanovich

[生]1870.11.10. キエフ近郊
[没]1952.10.20. ニューヘーブン
ロシア考古学者,歴史学者。キエフ大学,ペテルブルグ大学で学んだのち,ポンペイ遺跡を訪れ,以後古代ギリシアローマ時代の社会,経済生活の研究に努め,特に考古資料を導入して古代文化史の分野に新生面を開いた。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

ロストフツェフ

ロシア生れの歴史家。ペテルブルグイェール大学教授。ロシア革命後英国を経て1920年米国に亡命。考古学的史料に基づき古典古代の社会経済機構を解明し,西洋古代史研究に画期的業績を残した。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

ロストフツェフ【Michael Ivanovich Rostovtzeff】

1870‐1952
ロシア生れの西洋古代史家。キエフ近郊で生まれる。ペテルブルグ大学卒業後西ヨーロッパ各国に留学,1901年からペテルブルグ大学教授となる。17年の十月革命には反対の立場をとり,翌年ロシアを去ってオックスフォードに移った。20年にはアメリカに渡り,ウィスコンシン大学教授,25‐44年にはイェール大学教授をつとめ,この間にユーフラテス河畔のドゥラ・ユーロポスの発掘を指導した。彼の古代史研究の特徴は,文献や碑文史料だけでなく考古学的資料をも有機的にとり入れ,きわめて生き生きとした古代史像を描き出していることにある。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

ロストフツェフ【Michael Ivanovich Rostovtzeff】

1870~1952) ロシア生まれの古代史学者。ロシア革命後アメリカへ亡命。ヘレニズム・ローマ時代の社会経済史を研究、南ロシアのスキタイ・ギリシャ文化の解明にも貢献。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ロストフツェフ
ろすとふつぇふ
Michael Ivanovich Rostovtseff (Rostowzew)
(1870―1952)

ロシア生まれの西洋古代史家。ペテルブルグ大学で学んだのち、1903年より同大学教授。17年に十月革命が起こると、翌年イギリスに亡命。さらに2年後アメリカに渡り、20~25年ウィスコンシン大学教授。以後、エール大学教授、同大学考古学研究主任を務め、39年名誉教授となる。彼は考古学の成果を組織的に歴史研究に取り入れ、生き生きとした古代社会像を描き出した。ただし、古典古代文明を「都市ブルジョアジー」の文明ととらえ、それを「プロレタリアート」が破壊したとする彼の古代史観は、さまざまな方面からの批判を浴びている。おもな著書として『ローマ帝国社会経済史』(1926、第二版1957)、『ヘレニズム世界社会経済史』(1941)があり、そのほか『南ロシアにおけるイラン人とギリシア人』(1922)と『隊商都市』(1931、英語版1932)には邦訳がある。[坂口 明]
『坪井良平・榧本亀次郎訳『古代の南露西亜』(1944・桑名文星堂/復刻版・1976・原書房) ▽青柳正規訳『隊商都市』(1978・新潮社)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内のロストフツェフの言及

【ローマ没落史観】より

…ギボンが強調した宗教的要因は,近年モミリアーノA.Momiglianoによりキリスト教会への最良者の吸収という形で再評価された。自然科学的方法の援用は,19世紀末から20世紀初頭にかけて,地力消耗を没落原因とするJ.vonリービヒやシンコービチG.Simkhovitch,気候変動と没落の関連を説くE.ハンティントンらの自然的要因を重視する見解を生んだが,これらに対してはM.I.ロストフツェフによる鋭い批判がある。医学や生物学の進歩は人間的要因にも目を向けさせ,ゼークO.Seeckの〈最良者の絶滅〉論,人種混交によるローマ市民団の劣性化を説くフランクT.FrankやニルソンM.P.Nilssonの説を生んだが,これらも厳しい批判を浴び,ことにナチズムによる罪禍ののちは影を潜めた。…

※「ロストフツェフ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

ロストフツェフの関連キーワードアファナーシエフキエフ公国グレコフコロシアムキエフテレビタワーキエフ・バレエ団保坂高殿村川堅固キエフ神学校キエフ・ロシア

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone