ロンドン大学(読み)ロンドンだいがく(英語表記)London University

精選版 日本国語大辞典 「ロンドン大学」の意味・読み・例文・類語

ロンドン‐だいがく【ロンドン大学】

(The University of London) ロンドンにある大学。一八三六年創立。四五カレッジと大学本部とからなる。初めユニバーシティー‐カレッジとキングズ‐カレッジとが合併して開校当初学生試験し、学位授与する機関であった。学問を教授する大学として発足したのは一九〇〇年。

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デジタル大辞泉 「ロンドン大学」の意味・読み・例文・類語

ロンドン‐だいがく【ロンドン大学】

University Of London》ロンドン市にある大学。1836年、ユニバーシティーカレッジとキングズカレッジが合併して開校。当初は学生の試験と学位授与の機関であったが、1900年に一般の教育機能をもつ大学となった。

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改訂新版 世界大百科事典 「ロンドン大学」の意味・わかりやすい解説

ロンドン大学 (ロンドンだいがく)
London University

ロンドンにあるイギリス最大の大学。1826年,急進主義者のH.P.ブルームJ.ミル,それに非国教徒が中心になって,ロンドンに宗教色のないユニバーシティ・カレッジ設立(1828開校)され,ついで28年,それに対抗して国教会によりキングズ・カレッジが設立(1831開校)された。この二つのカレッジは,イングランドに生まれた最初の市民大学で,中流階級子弟を対象に,自然,社会,人文の各分野にわたる諸学科を幅広く教授し,この点で中世以来のオックスフォード大学ケンブリッジ大学とは著しい対照をなした。ついで36年に,この両カレッジの学生を対象に試験を行って学位を授与する機関が国王特許状によって設立され,この機関がロンドン大学と称された。つまり,ロンドン大学は,当初,学位を授与するための機関として生まれ,教育そのものは行わなかった。58年,ロンドン大学のこの機能はさらに拡大され,両カレッジ以外の学生に対しても広く試験と学位の授与を行うようになった。さらに78年には,イギリスで初めて女子にも学位を与えるようになった。そして98年のロンドン大学法によって,同大学は初めて研究と教育をも行う大学となり,20世紀の初頭以降,上記の両カレッジをはじめ,帝国理工カレッジ,ロンドン経済学校(LSE),バークベック,ベドフォード,ローヤル・ホロウェーの各カレッジ,12の大病院付属医学校,四つの神学校など多くのカレッジと研究施設をその傘下に吸収・合併し,イギリス最大の大学となった。1926年には,大学の教育・研究施設を芸術,科学,理学,政治・経済学,医学,法学,神学,音楽の8学部に編成(のち教育学部が加わる)。33年,大英博物館の北側の土地に大学本部・付属図書館が設立された。学位授与の試験のみを受ける校外学生も含め,学生数約11万8000(1996),教員数7100。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ロンドン大学」の意味・わかりやすい解説

ロンドン大学
ろんどんだいがく
London University

イギリス最初の近代的大学。オックスフォード、ケンブリッジ両大学に対抗する第三の大学として首都に誕生。最初にユニバーシティ・カレッジが詩人T・キャンベルなどの急進主義者や功利主義者、非国教徒のグループにより株式会社組織で設立され(1826)、続いてこの宗教色を排した「無神の大学」に対抗してキングズ・カレッジが国教派の人々によって設立された(1829)。いずれのカレッジも通学制を採用して教育費を抑え、新興中流市民階級の子弟を対象に近代科学や医学を含む広範なカリキュラムを提供したが、学位授与権はもたなかった。ついで1836年、勅許状により、両カレッジの学生をはじめ一定の学生に対して試験を実施し学位を授与する機関が、ロンドン大学という名称のもとに設立された。この試験機関としての大学の機能はやがて植民地にまで拡大されてユニークな学外学位制度を生んだ。また1878年にはイギリスで初めて女子に学位を授与した。研究・教育機関としてのロンドン大学が新たに発足したのは1900年のことで、以来、帝国理工カレッジImperial College of Science and Technology(1907)や経済学・政治学スクール(London School of Economics and Political Science=LSE 1895)、そして病院など多数の研究教育施設を傘下に吸収・統合して、同国最大の連合制大学となり現在に至る。2000年現在のカレッジおよびインスティテュート(研究所)は52を数える。1997年現在、学生数約10万1600人、教師数約7400人。

[安原義仁]

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大学事典 「ロンドン大学」の解説

ロンドン大学[イギリス]
ロンドンだいがく

ロンドン中心部に本部を置き,事実上独立した教育機関であるバーベック,キングス,ユニバーシティ等の諸カレッジやロンドン・スクール・オブ・エコノミクス,インスティチュート・オブ・エデュケーション,さらに数個のスクールや研究所を擁するカレッジ連合体の大学。設立勅許状の取得順ではイングランドで3番目に古い。

 宗教や階級による制限を排し,カリキュラム等の点でも革新を目指したユニバーシティ・カレッジ(UCL)と,これに対抗して国教派の人々が設立したキングズ・カレッジ(イギリス)(KCL)の学生に対して試験を行い学位を授与する機関として1836年に設立された。1858年には,どこで学んだかを問わず試験に合格した,帝国全土の学徒に学位を開放するようになり,80年にはイギリスの大学として初めて女性に学位を授与した。1898年のロンドン大学法によって,カレッジやスクール,医学校など多数の研究教育施設からなる,「教育を行う大学」としての新生ロンドン大学が誕生した。2007年にインペリアル・カレッジが傘下を離れ,現在は18のカレッジ・教育機関から構成されている。QS社の世界大学ランキング(2016年)において傘下のユニバーシティ・カレッジが7位,キングズ・カレッジが19位(インペリアル・カレッジは5位)に位置している。
著者: 福石賢一

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百科事典マイペディア 「ロンドン大学」の意味・わかりやすい解説

ロンドン大学【ロンドンだいがく】

ロンドンにある英国最大の大学。伝統的なオックスフォード大学ケンブリッジ大学に対して,近代大学の代表。1836年中流階層の子弟を対象に学位授与機関として設立。1898年のロンドン大学法によって,研究・教育を行う大学となり,以後多くのカレッジや研究施設を吸収合併し,本格的総合大学に発展。校外で学び学位授与の試験だけを受ける校外学生の制度もある。芸術,理,神,法,音楽,医,工,政経,教育の各学部。
→関連項目ブルームロンドン

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ロンドン大学」の意味・わかりやすい解説

ロンドン大学
ロンドンだいがく
University of London

ロンドンにあるイギリス最大の総合大学。 1836年ユニバーシティ・カレッジ,キングズ・カレッジをもとに,他のカレッジの学生に対する学位授与機関として創設,98年教育機能を有する大学となったが,現在もこの学外生学位制度は残っている。医学系,非医学系の構成カレッジは大学へ加盟の形をとっており,本部に文学,経済,教育,法学,工学,医学,理学,音楽,神学などの学部,および多くの研究所などを擁する連合組織の大学である。教員数約 7200名,学生数は学位授与試験のみを受ける校外の学生も含めて約 11万 8500名 (1997) 。

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世界大百科事典(旧版)内のロンドン大学の言及

【ブルーム】より

…10年に下院議員となり,容赦のない執拗な弁舌で奴隷貿易に反対し,神聖同盟を論難するなど,ジェントルマンらしからぬ特異な急進主義者として議会の内外に知られた。教育と法制度の改革にも熱心で,労働者教育の振興,裁判機構の合理化を主張し,28年には,ジェームズ・ミルらとともにロンドンに最初の市民大学(後のロンドン大学)を設立した。30年,ホイッグ党グレー内閣の大法官に迎えられ,第1次選挙法改正に尽力,34年までその職にあった。…

※「ロンドン大学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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