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ワーラーナシ Vārānasi

翻訳|Vārānasi

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ワーラーナシ
Vārānasi

インド北部,ウッタルプラデーシュ州南東部の都市。ガンジス川左岸に位置する。旧称ベナレス Benares。古称カーシー Kāśī。古代,波羅奈国の首都。ヒンドゥー教最大の聖地で,シバ信仰の中心地として栄え,おもな寺院が 1500を数え,河岸はインド最大の沐浴場となっている。巡礼者は年間 100万人以上といわれ,住みつく者も多い。中心部は狭い道をはさんで商店が密集し,絹製品,金銀・真鍮細工,木工品などの家内工業が行なわれる。鉄道と道路の要地で,空港もある。周辺には綿織物,精油,製鉄,化学,アルミニウムディーゼル機関車などの工業が立地し,新市街を形成した。長い歴史を示す建造物は,12世紀末から 15世紀末までのイスラム支配時代にほとんど破壊された。古くからサンスクリット語ならびにヒンドゥー教研究の中心地であったため,サンスクリット大学(18世紀創設),ワーラーナシ・ヒンドゥー大学,ドゥルガ・クンド(通称「黄金寺」または「猿寺」),ジャイナ教研究所などがある。北方 6kmに仏教遺跡のサールナートがある。人口 109万1918(2001)。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ワーラーナシ
わーらーなし
Varanasi

インド北部、ウッタル・プラデシュ州東端にある都市。ヒンドゥー教の一大聖地。この付近で南から北へ流れるガンジス川の西岸に位置する。人口110万0748、周辺部を含む人口121万1749(2001)。ガンジス川中流域では最大の都市である。中世にはバナレスBanares、イギリス領時代にはベナリーズBenaresとよんだが、独立後古代都市名を復活させた。日本ではベナレスとして知られる。市内にはビシュワナート寺院やドゥルガ寺院など大小1500以上といわれるヒンドゥー教寺院があり、年間100万人を超える参拝者が訪れる。信徒はガンジス川沿いに5キロメートルにわたって連なるガート(沐浴(もくよく)場)で、東岸から昇る太陽に向かって身を清めたのち寺院に参拝する。市の中心部には迷路のように入り組んだ狭い路地に、土産(みやげ)物店などが建ち並び、門前町を形成している。紀元前2世紀ごろ、すでに原始ヒンドゥー教の中心都市として栄え、以来今日までヒンドゥー教の信仰、文化の中心地としての地位を保ってきた。1193年ゴール朝に征服され、以後500余年イスラム教徒に支配されたが、ムガル帝国の衰退とともに、1725年ヒンドゥー教徒のマンサ・ラームが支配権を握った。1738年その子バルワント・シンはワーラーナシ藩王国を成立させ、この地域一帯を支配した。いまもガンジス川の対岸に残るラームナガル城は、当時建設されたものである。しかし19世紀初頭からはイギリスの保護下に入り、イギリス軍が市街地の北に駐屯地を開設した。市の南郊にはインド六大国立大学の一つワーラーナシ・ヒンドゥー大学(1916年創立)の広大なキャンパスが広がっている。同大学は市内の古い伝統をもつサンスクリット大学とともに、インド哲学や文化研究の中心的学術的機関として、世界各地から研究者を集める。また北郊7キロメートルには、釈迦(しゃか)が初めて仏教を説いた地として有名なサールナート(鹿野(ろくや)園)がある。なお特産品としては手織りのサリーが有名である。[中山修一]

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