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三里塚 さんりづか

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

三里塚
さんりづか

千葉県北部,成田市の南東部を占める地区。地名は東方の多古町にある日蓮宗本山日本寺から3里 (約 12km) の地点に設置された塚に由来。下総台地分水界に位置し,地下水位が低く,火山灰性の軽質土壌で開発が遅れた。近世佐倉藩に属する野馬放牧場 (佐倉七牧) が,宮内庁下総御料牧場,県営種畜場となり,有畜農業牛馬の品種改良に大きな役割を果たした。明治以後入植した開拓農家は,ラッカセイサトイモハクサイなどを中心とする大規模な畑作を経営。御料牧場跡を中心として新東京国際空港 (→成田国際空港 ) の建設が始まり,1978年に開港した。また三里塚御料牧場記念館がある。

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百科事典マイペディアの解説

三里塚【さんりづか】

千葉県成田市の一地区。近世佐倉七牧の一つ取香(とっこう)牧があった地で,1875年官営の種畜場が設置され,1888年下総(しもうさ)御料牧場となった。1969年牧場は栃木県に移転したが,その跡はサクラの名所として有名。周辺は1966年新東京国際空港(成田国際空港)の建設予定地となり,住民の強い反対運動があったが工事が進められ1978年開港した。→成田空港反対闘争

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大辞林 第三版の解説

さんりづか【三里塚】

千葉県成田市南東部の地名。御料牧場があった。成田国際空港がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

三里塚
さんりづか

千葉県中部、下総(しもうさ)台地上にある成田市の南東部にあたる一地区。江戸時代、幕府直轄の野馬の放牧地である佐倉七牧の一つ取香(とっこう)牧が置かれていた。1875年(明治8)に牧羊のための下総牧場が開かれ、1885年には皇室の御料牧場となって、その後競走馬の生産地として著名であった。一帯では厳しい自然と闘いながらラッカセイ、野菜類など畑作農業が行われ、その努力が実りつつあっただけに、新東京国際空港(現、成田国際空港)用地に決定されるや地元農民を中心に空港反対同盟が結成され、激しい運動が展開された。御料牧場は新空港建設に伴って1969年(昭和44)栃木県塩谷(しおや)郡高根沢町へ移されたが、その跡地は三里塚御料牧場記念館となっており、付近はサクラの名所でもある。[山村順次]

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世界大百科事典内の三里塚の言及

【成田[市]】より

…1897年成田鉄道(現,JR成田線)が,1926年には京成電鉄が開通し,参詣客が多くなったが,近年は東関東自動車道が通じるなど自動車交通が発達したため日帰り客がほとんどとなった。市域の南東部は古くからの放牧地で佐倉牧と呼ばれ,明治に入って下総御料牧場(三里塚牧場。1969年栃木県高根沢町に移転)が開設された。…

※「三里塚」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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