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上司小剣 かみつかさ しょうけん

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美術人名辞典の解説

上司小剣

小説家。本名延貴。奈良県生。小学校代用教員を経て読売新聞社入社。在社中に徳田秋声正宗白鳥幸徳秋水白柳秀湖らと知り合い、大正3年自然主義写実小説『鱧の皮』で文壇的地位を獲得。のち社会主義に傾いた。昭和22年(1947)歿、73才。

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デジタル大辞泉の解説

かみつかさ‐しょうけん〔‐セウケン〕【上司小剣】

[1874~1947]小説家。奈良の生まれ。本名は延貴(のぶたか)。作風は自然主義的傾向から、のちに社会主義的傾向に移った。作「鱧(はも)の皮」「U新聞年代記」など。

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百科事典マイペディアの解説

上司小剣【かみつかさしょうけん】

小説家。奈良県生れ。本名,延貴。大阪予備校中退。1897年,《読売新聞》に入り,同紙にエッセーを連載して文筆活動開始。1906年,雑誌《簡易生活》創刊,小説に着手。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

上司小剣 かみつかさ-しょうけん

1874-1947 明治-昭和時代の小説家。
明治7年12月15日生まれ。読売新聞社にはいり,徳田秋声,正宗白鳥,幸徳秋水らとまじわる。明治41年初の創作集「灰燼(かいじん)」を発表。「鱧(はも)の皮」で文壇での地位を確立。昭和22年芸術院会員。昭和22年9月2日死去。74歳。奈良県出身。本名は延貴(のぶたか)。作品はほかに「父の婚礼」「東京」など。

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世界大百科事典 第2版の解説

かみつかさしょうけん【上司小剣】

1874‐1947(明治7‐昭和22)
小説家。奈良生れ。本名延貴(のぶたか)。家は代々神官,父は摂津の多田神社の宮司。少年期に母が死去,父は第二,第三の妻を迎えた。この時期の体験がのち《父の婚礼》《第三の母》を生む。大阪に出て堺利彦に会い,そのすすめで上京。1897年読売新聞社に入り,以後二十数年にわたって在社,文芸部長,編集局長などを務める。《小剣随筆その日その日》(1905)は初期読売時代の寸言的,風刺的エッセー。おくれて読売に入社した正宗白鳥と親交,また堺利彦や幸徳秋水らとも交わり,その影響も若干受けた。

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大辞林 第三版の解説

かみつかさしょうけん【上司小剣】

1874~1947) 小説家。奈良県生まれ。本名、延貴。新聞記者から転身、「灰燼」「鱧はもの皮」で自然主義作家としての地位を確立。他に「木像」「東京」、回想記「 U 新聞年代記」など。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

上司小剣
かみつかさしょうけん

[生]1874.12.15. 奈良
[没]1947.9.2. 東京
小説家。本名,延貴。大阪予備学校中退。 1897年上京,読売新聞社に 1920年まで勤務。在職中,生活改良誌『簡易生活』を発刊 (1906) ,正宗白鳥,堺利彦,幸徳秋水,白柳秀湖も寄稿した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

上司小剣
かみつかさしょうけん
(1874―1947)

小説家。本名延貴(のぶたか)。奈良市生まれ。家業は神主。大阪予備学校中退。代用教員を経て、1897年(明治30)、堺利彦(さかいとしひこ)の勧めで上京し読売新聞社に入社。編集局長にまでなり、1920年(大正9)退社。そこで、島村抱月(ほうげつ)、正宗白鳥(まさむねはくちょう)、徳田秋声(とくだしゅうせい)ら自然主義文学者を知り、堺を介して幸徳秋水(こうとくしゅうすい)、白柳秀湖(しらやなぎしゅうこ)ら社会主義者と交わった。この交友の広がりが、作風に自然主義文学にはない社会への目配りをもたらしている。小説の処女作は『灰燼(かいじん)』(1908)で東京・目黒の住民の生態を扱い、関西の商人が主人公の『木像』(1910)で注目された。大阪道頓堀(どうとんぼり)の料理屋の女将(おかみ)の生活を描いた『鱧(はも)の皮』(1914)で文壇的名声を得、翌年にかけて『天満宮』(1914)、『父の婚礼』、『太政官(だじょうかん)』、『お光壮吉』(1915)など佳作を発表。上方(かみがた)市井人の情調ものが得意であった。その後、力作に長編『東京』四部作(1921~47、未完)と、読売時代の見聞を戯曲風につづった『U新聞年代記』(1933)がある。46年芸術院会員。[吉田正信]
『『日本現代文学全集31 上司小剣他集』(1968・講談社)』

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