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写生文 しゃせいぶん

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知恵蔵2015の解説

写生文

写生」のページをご覧ください。

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2015」
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デジタル大辞泉の解説

しゃせい‐ぶん【写生文】

正岡子規写生説に基づいて書かれた散文。高浜虚子伊藤左千夫長塚節(ながつかたかし)夏目漱石寺田寅彦(てらだとらひこ)らにより、小説・随筆などに生かされた。

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百科事典マイペディアの解説

写生文【しゃせいぶん】

文芸用語。事実をありのままに写すという俳句の技法を散文に適用したもので,正岡子規が唱え,高浜虚子河東碧梧桐その他俳人の間で盛んになった。歌人の伊藤左千夫長塚節から夏目漱石鈴木三重吉らにも影響を与えた。
→関連項目言文一致寒川鼠骨野上弥生子ホトトギス

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世界大百科事典 第2版の解説

しゃせいぶん【写生文】

文芸用語。正岡子規が俳句で活用した〈写生〉を文章にも用いてつくり出した新文体をいう。子規の《小園の記》(1898),高浜虚子の《浅草寺のくさぐさ》(1898)などを最初とし,《ホトトギス》での誌上募集もあり,1900年からは病床の子規の枕頭で写生文を読む〈山会〉ももたれた。表現にははじめ文語が用いられたが,しだいに口語体となり,時間的な流れを寸断した一つの場面を客観的に写生し,それをつづり合わせるという手法で時間の再現を試みた。

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大辞林 第三版の解説

しゃせいぶん【写生文】

事物を見たとおり忠実に写そうとして書かれる文章。明治中期、正岡子規が絵画の方法から学んで提唱した散文の一様式。高浜虚子・坂本四方太・長塚節たかし・伊藤左千夫らが発展させた。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

写生文
しゃせいぶん

文学用語。写生の方法で書かれた散文。正岡子規が,実物,実景をありのままに写すという短歌,俳句の「写生説」を散文にまで及ぼしたもので,自然主義とともに近代口語文体の発達に大きな役割を果した。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

写生文
しゃせいぶん

文芸用語。対象をありのままに写す「写生」の概念を散文に当てはめたもので、明治30年代初頭に正岡子規(まさおかしき)が提唱した。当初「叙事文」「小品文」ともよばれ、雑誌『ホトトギス』でも募集があった。子規『小園の記』(1898)や高浜虚子(きょし)『浅草寺のくさぐさ』(1898)などが収穫。1900年(明治33)から写生文の朗読批評の会「山会(やまかい)」が始まり、文章には山(中心点)がなければならないという態度が示された。子規没後は虚子のほかに、寒川鼠骨(さむかわそこつ)、坂本四方太(さかもとしほうだ)らが写生文の発展に力を注ぎ、口語による写生文体も完成。『ホトトギス』の運動は小説界にも影響し、夏目漱石(そうせき)『吾輩(わがはい)は猫である』(1905~06)、『草枕(くさまくら)』(1906)、虚子『風流懺法(せんぽう)』(1907)、伊藤左千夫(さちお)『野菊の墓』(1906)、長塚節(たかし)『土』(1910)など、写生文派作家の名作を生み出した。寺田寅彦(とらひこ)、鈴木三重吉(みえきち)、野上弥生子(やえこ)らも、写生文の影響下から出発した。人生に肉迫する自然主義文学とは違う、余裕派とよばれる一派を生み出したことも忘れられない。[中島国彦]
『福田清人著『写生文派の研究』(1972・明治書院)』

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