日本歴史地名大系 「下境村」の解説
下境村
しもさかいむら
- 秋田県:横手市
- 下境村
東は上境村で、北は
正保四年(一六四七)の出羽一国絵図に、上境村一千九〇〇石、上境の内下境村無高となっており、平鹿郡御黒印吟味覚書(秋田県庁蔵)によれば、同年の正保高帳に「両村高を纏境村」と記したとある。
下境村
しもざかいむら
下境村
しもざかいむら
- 長野県:飯山市
- 下境村
慶長七年(一六〇二)川中島四郡検地打立之帳(小柳文書)に「六拾壱石五斗八升三合 下境村」とあるのが初見。
寛保二年(一七四二)の千曲川大洪水に、高六六石七斗五升三合のうち、永荒二八石三斗二升、当毛皆無二五石六斗八升、残高一二石七斗五升三合、潰れ家五軒、流失五軒、水入り八軒の被害を受けた(「領内水損村々国役金延納伺并年延申付書」「領内千曲川通村々水損書上帳」伊藤長治氏蔵)。
下境村
しもさかいむら
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報