日本歴史地名大系 「下館城下」の解説
下館城下
しもだてじようか
〔町の建設〕
城下の形成は文明一〇年(一四七八)の水谷勝氏の築城に始まるが、本格的な町の建設と整備は八代水谷勝隆によって実施された。寛永七年(一六三〇)勝隆は城下を防備する拠点とするため領内の主な社寺の整備に着手し、下館城北方の搦手にあたる
寛永一六年に入部した松平頼重は水谷氏の支配を受継ぐかたわら、町並の整備に努めた。頼重は町名の一部を改め、町を新たに造成した。同年の下館城図(田宮家蔵)によると、大手門前から南へ
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報