鉄を濃厚なHNO3溶液に浸漬するか,または硫酸中で大きいアノード分極を与えた場合に鉄の溶解は停止する.この特異な不活性状態をC. Schönbein(シェーンバイン)は不動態と名づけた.前者の現象は,すでに1782年にC.Wenzelにより認められている.不動態現象は,鉄,コバルト,ニッケルなどの遷移金属に特徴的な現象であるが,M. Faraday(ファラデー)は,薄い酸化皮膜によると説明した.現在,エリプソメトリーなどの方法により薄い(1~10 nm)酸化皮膜の存在が確認されているが,不動態の本質については,酸素の吸着により金属表面の化学反応性が緩和されることによるとする吸着説も否定されてはいない.しかし,金属の溶解反応の起こる状態(活性態)から不動態へ移る電位(フラーデ電位)と,表面酸化皮膜の溶解を補修する電流(不動態保持電流)とを特性値とする皮膜説が,より一般的と考えられる.このように不動態の本質については必ずしも明らかでないが,その定義としては次の二通りがある.
(1)熱力学的には当然腐食すべき環境にある金属が,現実にいちじるしく耐食的であるとき,この金属は不動態化したという.
(2)卑な単極電位をもつ金属が,貴金属と同じような電気化学的挙動を示す場合に,この金属は不動態化したという.
不動態皮膜は電子伝導性であり,アルミニウム,チタン,タンタルなどの金属の絶縁性酸化皮膜とは異なっている.ステンレス鋼はCr,Niなどの合金元素を鉄に添加して,不動態皮膜を強化したものと考えられる.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
不働態とも書く。通常の金属が、当然示すはずである活性を失って、一見、貴金属(容易に化学的変化を受けない金属をいう。金、銀はその代表的なものである)であるかのように挙動する状態をいう。たとえば、濃硝酸に鉄片を入れると、まったく不活性となり酸と反応しなくなってしまう。また、この鉄片を取り出して硫酸銅溶液に入れても銅を析出することはない。このような現象は鉄のほかにも、ニッケル、クロム、コバルト、アルミニウムなどにおいて認められている。
原因としては、表面にきわめて薄いがじょうぶな酸化物の被膜が生じるためと考えられている。銅はフッ化水素やフッ素に侵されるが、表面がフッ化銅で被覆されてしまうともはや侵食は止まり、やはり一種の不動態を示す。フランスのモアッサンが単体フッ素のいろいろな実験を銅の容器で行ったというのも、この不動態の利用にほかならない。
[山崎 昶]
…不動態とも書く。硫酸中に鉄Fe試片を浸漬し,これを陽極として働かせると,電極電位が高くなるにつれて金属の溶解が盛んになり,図1のように電流密度は増加する。…
※「不動態」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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