資本主義社会の基本的特徴の一つは〈階級社会〉である。原理的にいえば,資本と賃労働を基軸に,資本主義社会は〈生産手段を所有する資本家階級(ブルジョアジー)〉と〈労働力商品の担い手である労働者階級(プロレタリアート)〉とに両極分解を遂げ,それ以外は両者の中間に位する〈中間階級〉ないしは〈中間層〉として把握される。それとともに,この中間層の〈一部が資本家階級に,その他は労働者階級に〉というかたちをとる階級分解が不断に進行することで,ついには中間層の自己消滅をみる,と解される。しかしながら,資本主義社会の歴史的発展は,現実の展開においていささか異なる。確かに一方では,中間層の分解・解体が原理どおりにみられるが,他方,新たな中間層の生起とその増大化がみられ,全体的には中間層の縮小ではなく,かえってその肥大化が顕著である,というのが現代資本主義社会の一大特質である。こうして,今日の高度に発達した資本主義社会では,中間層は〈旧中間層〉と〈新中間層〉に二分類されるかたちで存在するが,とくに後者の生成,その〈生活と意識〉が,この社会の〈文化的矛盾〉(D. ベル)の歴史的所産であり,現象であり,新たな社会的原因となって展開をみているところに,〈新中間層の問題がある〉とされる。
この新中間層の登場は〈資本主義の変貌〉と深くかかわる。ごく一般的に図式化していえば,資本主義の発展は,〈商業資本主義段階から産業資本主義段階を経て国家独占資本主義段階へ〉という展開を示す。そして,産業資本主義段階までは〈レッセフェール〉,すなわち〈自由放任の資本主義〉の原理が生きていた。これを〈資本主義の古典時代〉と呼ぶが,そこでは,生産手段の所有者が資本家であると同時に経営者であった。ところが,これに対して,19世紀末以降,資本の集中・集積が進行しだす。その結果,資本主義が,産業資本主義から独占資本主義へと移行する。その後,世界は第1次世界大戦と世界恐慌に立て続けに巻き込まれるという経験をするが,そのことをとおして,ここに国家が,管理通貨制度や財政投融資政策などを通じて経済領域に直接介入することとなり,国家と独占資本との癒着ないしは機能的結合と呼ばれる事態が生起し,深化していくことになる。そして,このような経済領域の変化に伴い,社会構造の面においても大きな形態変化が生じて,第2次世界大戦後は日本も含めて先進資本主義社会では,このような現代社会の特徴が顕著に現れてくる。
まず第1に,技術革新に基づく生産技術の飛躍的発達と,生産組織の巨大化がもたらされ,第2には,そのことに伴い経営組織の大規模化が進む。そして,ここに,資本家における〈所有と経営の分離〉,すなわち,資本主義社会のプリンシプルたる私有財産の法的所有(資本家)と生産手段の支配(経営者)との役割分化の過程,換言すれば,〈所有資本家〉に代わって企業経営を代行する〈機能資本家〉が出現するようになってくる。J.バーナムは,資本主義におけるこの〈経営者支配の確立〉に注目して,これを〈経営者革命〉と呼んだが,しかし,真に注目すべきことはむしろ次の点にある。すなわち,機能資本家たる経営者の登場をもたらした所有と経営の分離が,経営組織の大規模化と相まって,他方にこの経営者を補助する大量の,そしてまた多様な管理的・非肉体的職業者を生み落とすことになったことである。
いわゆる〈ホワイトカラー〉と呼ばれる一群の社会層,つまりは,大企業の中・下級管理者,専門職従事者,事務員,販売員等を主とする新しい職業集団がこれであり,新中間層の中核をなすのはこの人たちである。
彼らは,資本家と〈ブルーカラー〉と呼ばれる賃金労働者との中間にあって,俸給(サラリー)を得る雇用従業員(サラリーマン)としての地位を占める。その仕事の対象は,人間とその組織,および数字や文字や言語や音や映像などに象徴される。そして,その内容は,物の生産ではなく,分配にのみ関係する。こうした客観的な様態から,彼らは,生産手段を所有しないプロレタリアートと同列にありながら,仕事に対する自主性,昇進の見込み,学歴,収入の額と安定性,服装や趣味その他の生活様式などにおける優位性を理由に,自己を賃金労働者と区別しようとする。そのような〈存在と意識〉のゆえに,彼らは〈体制への同一化〉を行い,賃金労働者に対しては〈権力を媒介する役割を果たす〉傾向が強い。したがって,C.W.ミルズが指摘したように,〈新中間層は,政治的に後衛的な意識と行動様式をとる〉傾向を有する。しかしながら,新中間層にあっては,今や職場の官僚化も進み,その結果,労働のみならずパーソナリティまでもが合理化の対象とされるなかで,人間個人としての合理性や自主性の喪失が深刻である。と同時に,新中間層の増大がもたらすその影響の拡大もまた,それ自体が現代社会の大きな社会的・文化的問題の一つと化している,といえるのである。
→中間層
執筆者:安江 孝司
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…マルクスとエンゲルスが当時立てていた見通しによれば,資本主義の発展とともにブルジョアジーは強大になるけれども,これにともなってプロレタリアートはそれよりはるかに大量になり,組織化され,ブルジョアジーに対する闘争力を高め,最後にはプロレタリアートが階級闘争の勝利者になる,とされた。
[新中間層問題]
マルクスとエンゲルスの階級両極分解説は,20世紀初頭にいたって,彼らが想定していなかった新しい事態としての新中間層問題によって挑戦を受けることになった。新中間層というのは,ブルジョアジーとちがって所有者・経営者でなく,プロレタリアートとちがって肉体(マニュアル)労働者でなく,農民・小工業者・小商人(これらの人びとは〈新〉中間層と区別するために〈旧〉中間層と呼ばれるようになった)とちがって自営業者でもない,中等以上の学歴をもってノンマニュアル業務に従事するホワイトカラー職員である。…
…K.マルクスが解明した資本主義の基本法則によって,ブルジョア化とプロレタリア化という基本的な二大階級にみずからを分解させる傾向を一方にみせつつも,全体としては必ずしも縮小から衰滅の道を示していないこと,他方,これとは異なる主として管理,事務,販売業務などに携わるサラリーマン層を中心とした,俗に〈ホワイトカラー〉と呼ばれる新しい様態の中間層が登場してき,しかもそれが増大化の一途をたどり,社会的人口の圧倒的多数化を予測させるにいたったことである。そこで前者を〈旧中間層〉,後者を〈新中間層〉と呼んで区別するようになった。 かくて資本主義社会における〈中間層問題〉は,かつては旧中間層の分解と没落が問題の中心をなしてきたが,旧中間層の衰滅が歴史的現実の動態では必ずしもないということと,新中間層の登場およびその増大化の事実が,中間層の社会的性格を問題とする方向に転換させていった。…
※「新中間層」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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