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丸亀城 まるがめじょう

日本の城がわかる事典の解説

まるがめじょう【丸亀城】

香川県丸亀市にあった平山城(ひらやまじろ)。国指定史跡。日本城郭協会選定による「日本100名城」の一つ。讃岐(さぬき)平野にある標高66mの亀山に築かれた。山頂の本丸とそれを囲んで二の丸、三の丸を配し、山麓から本丸まで3層の石垣が造営された。讃岐に入封した生駒親正(いこまちかまさ)が、1597年(慶長2)に高松城の支城として築城を始めた。もともとこの地には、室町時代に築かれた奈良氏の砦があったとされる。1602年(慶長7)に城郭は完成したが、1615年(元和1)の一国一城令により廃城となった。1641年(寛永18)に山崎家治(やまざきいえはる)が入封して丸亀藩を立藩、藩主の居城として丸亀城を再興した。家治は城の改修に着手するが、30年余りの歳月がかかることになる。この間に山崎氏は3代で改易になり、替わって京極高和(きょうごくたかかず)が入城して、城の修築を引き継いだ。1673年(延宝1)に大改修は完了する。現在見られる三重3階の天守と石垣は、この時に築造されたものである。以後、京極氏の居城として明治時代にいたった。1869年(明治2)御殿と藩庁が焼失し、廃藩置県後は現存する建造物以外の櫓(やぐら)や城壁などが解体された。現在城跡のうち内堀以内は亀山公園になっているが、外堀は埋め立てられ市街化が進んだ。天守、大手一の門・二の門、東西土塀、御殿表門、番所、長屋のほか、内堀と石垣がほぼ完全な形で現存する。JR予讃本線丸亀駅から徒歩約10分。◇亀山城、蓬莱城(ほうらいじょう)ともいう。

出典|講談社日本の城がわかる事典について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

丸亀城
まるがめじょう

室町期~江戸期の城。香川県丸亀市一番丁にあり、蓬莱(ほうらい)城、亀山城ともよばれる。1467~68年(応仁1~2)管領(かんれい)細川の被官奈良元安(もとやす)が聖通寺(しょうつうじ)城(綾歌(あやうた)郡宇多津(うだつ)町)の支城として築いたのが初めという。戦国期には、長宗我部(ちょうそがべ)氏の四国統一で一時廃城となり、1587年(天正15)生駒親正(いこまちかまさ)が讃岐(さぬき)一国を領し、高松城の支城として97年(慶長2)から五か年を費やして再興した。ところが1615年(元和1)の一国一城令でふたたび廃城となり、生駒氏転封のあと讃岐が二分され、西讃岐の大名として山崎家治(いえはる)が入封した。家治は1642年(寛永19)着工している。のち1658年(万治1)に京極高和(きょうごくたかかず)が入り、相継いで幕末に至った。現在、天守閣のほか大手一の門、二の門が残る。[小和田哲男]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

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