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丹波雅忠 たんばの まさただ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

丹波雅忠 たんばの-まさただ

1021-1088 平安時代中期-後期の医師。
治安(じあん)元年生まれ。丹波忠明の子。権(ごんの)医博士,丹波守,掃部頭(かもんのかみ),典薬(てんやくの)頭,施薬院使などをつとめた。永承7年後冷泉(ごれいぜい)天皇の病を治療し,さらに関白藤原頼通の病をなおした。日本の扁鵲(へんじゃく)と称されるほどの名医だったという。寛治(かんじ)2年2月18日死去。68歳。著作に「医略抄」など。

出典|講談社
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世界大百科事典 第2版の解説

たんばのまさただ【丹波雅忠】

1021‐88(治安1‐寛治2)
平安後期の医家。康頼の曾孫。権医博士(1035)となり,のち備後介,丹波介,掃部頭の諸官を兼ね,1052年(永承7)後冷泉天皇に薬治を行って従四位下・侍医となり,57年(天喜5)典薬頭・右衛門佐に累進した。関白藤原頼通の病を治しその推挙で59年(康平2)施薬院使となり,丹波氏はこの職を世襲した。名声は海外にもきこえ,日本の扁鵲(へんじやく)(中国戦国期の名医)と称せられたという。著書に《医心方拾遺》《医略抄》などがある。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

丹波雅忠
たんばのまさただ
(1021―1088)

平安時代の医師。康頼(やすより)の曽孫(そうそん)。本草(ほんぞう)家の父忠明(ただあきら)(990―?)に教えを受け、本草の知識に優れ、14歳で典薬頭(てんやくのかみ)付になった。その後、新制の施薬院(せやくいん)司使に任命され、終生その職にあって行政と診療に貢献した。1081年(永保1)、晋(しん)・唐の医書約23種から救急療法のみを抜粋して『医略抄』1巻を著した。その内容は『医心方』を簡略にしたものである。[山根信子]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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