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九江 キュウコウ

百科事典マイペディアの解説

九江【きゅうこう】

中国,江西省北部の都市。長江中流右岸にある水陸交通の要地。長江と【は】陽湖(はようこ)への入口に当たり,南潯鉄路で南昌と結ばれる。1858年開港。古くから米,茶の大市がたち,付近に産する磁器や紙など伝統工業製品を移出する。
→関連項目江西[省]

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世界大百科事典 第2版の解説

きゅうこう【九江 Jiǔ jiāng】

中国,江西省北部の市。人口46万(1994)。北は長江(揚子江)に面し,南は廬山を背にし,鄱陽(はよう)湖の入口にあって,長江中流域の要害の位置をなし,古くから戦略上の拠点であると同時に,水陸交通の要地であった。漢代から尋陽県が置かれ,三国時代にはと魏の境界にあり,呉の水軍の基地であった。南朝により尋陽郡治が置かれて以来,江州九江郡などと名称は変わっても,江西北部地区の中心で,茶や米の農産物景徳鎮からの陶器,木材などの集散地として発展した。

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大辞林 第三版の解説

きゅうこう【九江】

中国、江西省北部の河港都市。長江と鄱陽はよう湖の連絡点に位置し、茶・陶磁器などの集散地。市の南に名勝廬山ろざんがある。チウチアン。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

九江
きゅうこう / チウチヤン

中国、江西(こうせい)省北端の地級市。2市轄区、8県を管轄し、3県級市の管轄代行を行う(2016年時点)。長江(ちょうこう)(揚子江(ようすこう))の南岸、廬山(ろざん)の北麓に位置する。人口450万4207(2010)。湖北(こほく)、安徽(あんき)両省との省境にあたり、京九鉄道に沿う。鉄道は長江を大鉄橋で横断し、1977年4月に開通、また武漢(ぶかん)との間にも鉄道が通じる。漢代には柴桑(さいそう)、尋陽(じんよう)2県の地であったが、隋(ずい)代には尋陽県に統合、彭蠡(ほうれい)(ぼんじょう)、潯陽(じんよう)などとしばしば改名され、五代(907~960)以後徳化(とくか)県とよばれ、明(みん)・清(しん)代には九江府治であった。1914年九江県となり、1949年県治と周辺部に市制を施行した。
 江西省北部の物資の集散地であるとともに、長江の重要河港の一つで、水陸交通上の要地となっている。中華人民共和国成立以前は商業都市で、アヘン戦争後、天津(てんしん)条約で開港場となり、中国三大茶市の一つでもあった。中華人民共和国成立後、機械、紡織、化学、造船、陶磁器、食品加工などの工業が発展、農村部では米、ワタ、ナタネ(アブラナ)、アサ類、タバコを産し、水産業も盛んである。
 名勝廬山、(これい)のほか甘棠(かんとう)湖、能仁寺、天花宮、陶淵明(とうえんめい)(陶潜(とうせん))の墓と祠(ほこら)、鎖江楼(さこうろう)などがある。廬山は1996年、ユネスコ(国連教育科学文化機関)により「廬山国立公園」として世界遺産の文化遺産に登録された(世界文化遺産)。[河野通博・編集部]

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世界大百科事典内の九江の言及

【江西[省]】より

…春秋時代には楚の一部を占めていたようであるが,北部中原を中心とする歴史にはほとんど登場しない。わずかに上記の百越を呉が征伐しようとしたことや,現九江市付近で長江が扇形に分流して彭蠡沢(ほうれいたく)と称せられる湖沼を形成していたことなどが伝えられるのみである。しかし,早くから始まったとみられる水稲栽培を基礎に,居住区域が拡大し,北方からの影響も少しずつ強まっていたようである。…

※「九江」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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