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五奉行 ごぶぎょう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

五奉行
ごぶぎょう

豊臣氏の庶政に関する職制の一つ。五大老の下に位した。前田玄以浅野長政石田三成増田 (ました) 長盛長束 (なつか) 正家の5人がその任にあった。これらの5人が奉行として連署した初見は文禄4 (1595) 年であるが,これは五奉行という制度化された呼称ではなかった。

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デジタル大辞泉の解説

ご‐ぶぎょう〔‐ブギヤウ〕【五奉行】

豊臣政権下の職名。五大老の下にあって、重要な政務を処理した五人の奉行。浅野長政前田玄以石田三成増田長盛(ましたながもり)長束正家(なつかまさいえ)の五人。→五大老

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百科事典マイペディアの解説

五奉行【ごぶぎょう】

豊臣秀吉が晩年設置した職制。前田玄以浅野長政,増田(ました)長盛,石田三成,長束(なづか)正家が任ぜられ,前田は公家と社寺の取締り,長束は財政,浅野・石田・増田は一般行政をつかさどり,大事件は合議で決した。
→関連項目浅野氏長束正家奉行前田玄以増田長盛

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世界大百科事典 第2版の解説

ごぶぎょう【五奉行】

豊臣政権の職制。1598年(慶長3)7月ごろ豊臣秀吉の死を前にして設置された。前田玄以浅野長政増田(ました)長盛石田三成長束(なづか)正家の五名で構成される。豊臣氏の奉行は政権の樹立以来存在し,初期の奉行には桑原貞也杉原家次,細井方成,石田三也(成),増田長盛大谷吉継,伊藤秀盛など多くの人名を挙げることができる。そしてその職制は1585年(天正13)秀吉の関白就任を機として,整備されたと考えられるが,このとき五奉行が設置されたとする《太閤記》の記事は事実ではない。

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大辞林 第三版の解説

ごぶぎょう【五奉行】

豊臣秀吉が政務を分掌させるために置いた五人の奉行。浅野長政・石田三成・長束正家・前田玄以・増田長盛。 → 五大老

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

五奉行
ごぶぎょう

豊臣(とよとみ)政権の職名。浅野長政(ながまさ)、前田玄以(げんい)、石田三成(みつなり)、増田長盛(ましたながもり)、長束正家(なつかまさいえ)をいう。豊臣氏は奉行制により政務を処理していたが、そのうちとくに中心となったのはこの5人である。1598年(慶長3)秀吉は、死後の政権安定を図り、五奉行の合議制により行政を処理することとし、分担を定めている。分担は、玄以が所司代(しょしだい)として公家(くげ)・寺社関係と洛中(らくちゅう)洛外のこと、正家が知行方(ちぎょうかた)・兵糧方(ひょうろうかた)など財政関係、長政・三成・長盛は一般行政事務となっている。しかし、掟(おきて)などに五奉行全員が連署する形式は1595年(文禄4)ころからみられるので、実質的な成立はこれ以前と考えられる。秀吉の死後、五大老の一人徳川家康に圧せられその権限を失った。[佐々悦久]

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世界大百科事典内の五奉行の言及

【関ヶ原の戦】より

…全国のほとんどの大名がまき込まれたこの合戦に勝ったことで,家康は事実上全国の支配者となり,さらに3年後に征夷大将軍となったので,〈天下分け目の戦〉ともいわれる。
[原因]
 1598年8月の豊臣秀吉死後の政権は,家康を筆頭とする五大老と三成を筆頭とする五奉行によって運営されることとなった。秀吉の遺言によれば,家康,前田利家,毛利輝元,上杉景勝,宇喜多秀家の五大老が秀頼を後見し,〈御法度,御置目〉などの天下の政治は長束正家,石田三成,増田長盛,浅野長政,前田玄以の五奉行が合議によって推進し,太閤蔵入地その他の中央政権を支える財政の〈算用〉は,家康,利家の2人が総攬することになっていた。…

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