いづつや‐しょうべえゐづつやシャウベヱ【井筒屋庄兵衛】
- 江戸時代の京都の書肆(しょし)。俳書の出版で知られ、蕉門の俳書はほとんどこの書肆より刊行されている。初代が初めて俳書を出版したのは承応元年(一六五二)で、以後百五十余年、五代にわたって出版活動を続けた。
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
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井筒屋庄兵衛(初代) いづつや-しょうべえ
1621-1709ごろ 江戸時代前期の版元。
元和(げんな)7年生まれ。京都の俳諧(はいかい)専門の書肆(しょし)。松永貞徳の門人。貞門諸派,談林派の俳書を刊行,貞享(じょうきょう)-元禄(げんろく)期には蕉門の俳書のほとんどを出版するにいたった。宝永6年ごろ死去。89歳?姓は筒井。名は重勝。号は阿誰軒。編著に「誹諧書籍目録」。
井筒屋庄兵衛(2代) いづつや-しょうべえ
?-? 江戸時代前期の版元。
京都の人。元禄(げんろく)11年(1698)橘屋(たちばなや)治兵衛とともに俳諧(はいかい)選集「続猿蓑(さるみの)」を刊行した。みずからも俳諧をたしなみ,「初蝉」に句がのっている。名は重晴。
井筒屋庄兵衛(4代) いづつや-しょうべえ
?-1760 江戸時代中期の版元。
京都の人。宝暦6年(1756)「芭蕉(ばしょう)句選拾遺」を編集,刊行した。宝暦10年6月死去。名は寛治。号は麦郷観。
井筒屋庄兵衛(5代) いづつや-しょうべえ
?-? 江戸時代中期の版元。
京都の人。安永3年(1774)「芭蕉翁(ばしょうおう)発句(ほっく)集」を刊行した。名は荘兵衛。
井筒屋庄兵衛(3代) いづつや-しょうべえ
?-? 江戸時代中期の版元。
京都の人。元文-延享(1736-48)のころ約10年間出版活動をおこなったが,その内容は不明。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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世界大百科事典(旧版)内の井筒屋庄兵衛の言及
【本】より
…平賀源内《風流志道軒伝》《根南志具佐(ねなしぐさ)》(1763)などを先駆とし,次代には十返舎一九《東海道中膝栗毛》(1802‐22)が大当りし,式亭三馬《浮世風呂》《浮世床》などの傑作が出る。また,江戸時代には俳書がよく出版されるが,元禄(1688‐1704)ごろからは京都の井筒屋庄兵衛がこれを独占し,同様に謡本では山本長兵衛,浄瑠璃本では山本九兵衛などが独占した。江戸では須原屋茂兵衛の〈武鑑〉〈地図〉,大坂で炭屋五郎兵衛の後藤(芝山)点〈四書〉〈五経〉のような独占を生じた。…
※「井筒屋庄兵衛」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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