交換関係(読み)こうかんかんけい(英語表記)commutation relation

改訂新版 世界大百科事典 「交換関係」の意味・わかりやすい解説

交換関係 (こうかんかんけい)
commutation relation

量子力学や場の理論において重要な役割を演ずる概念古典力学においては,物理量粒子の位置,運動量エネルギー,角運動量など)は単なる数であるが,量子力学においては状態に作用する演算子である。演算子とは,一つの状態ψに作用して,他の状態ψ′を作り出すものであり,これをψ′=Aψと書く。二つの演算子をABとしたとき,一般にABψBAψである。すなわち,演算子は作用する順序が異なれば結果も異なる。例えば,Nを粒子数演算子,a⁺を粒子の生成演算子とすれば,Naψa⁺(N+1)ψとなる。これは,粒子を生成した後で粒子数を測定すれば,前より1だけ増えているということを数学的に表現したものにほかならない。

 演算子ABに対してABBA(ふつう[AB]で表す)を交換子commutatorと呼び,交換子を規定する関係式を交換関係という。交換子が0であるとき,ABは交換可能であるという。もっとも重要な交換関係は,座標と運動量との間の正準交換関係であり,粒子の座標を(xyz),運動量を(pxpypz)としたとき,[xpx]=/2π,[ypy]=/2π,……,[xy]=0,[pxpy]=0,……が成立する(ただしħプランク定数hとしてh/2πである)。これらの関係式によって種々の物理量の関係が規定される。波動力学では,演算子は波動関数ψxyz)に対する掛算微分であり,xは関数xの掛算,pxは,微分演算子∂/∂xによって表現される。

 交換可能でない物理量ABは同時に確定した値をもつことができない。ABの不確定さをそれぞれ⊿A,⊿Bと表すと,不確定さの積は交換関係によって規定され,⊿A・⊿B>1/2|[AB]|が導かれる。これをハイゼンベルクの不確定性関係という。また,物理量Aの時間変化Aは,ハミルトニアンHとの交換関係により,A=(i/ħ)[AH]によって与えられる。これをハイゼンベルクの運動方程式という。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「交換関係」の意味・わかりやすい解説

交換関係
こうかんかんけい

二つの線形演算子線形作用素ABについてABBAなる演算子をABとの交換子とよび、[A, B]と書く。これが演算子C(単なる数でもよい)に等しいとき
  [A, B]=C
ABの交換関係、あるいは交換子とよぶ。量子力学における座標qと運動量pやその他の物理量は、一般には積(掛け算)の結果がその演算の順序によって異なるような線形演算子である。とくに、qpとの間には
  [q, p]=iħ
  (ħ=h/2π; hはプランク定数)
の関係が成り立つ。qpは、qp, p→-qの入れ替えに対しても交換関係の変わらない特別の変数の組である。このときqpを正準共役(せいじゅんきょうやく)な変数、この場合の交換関係を正準交換関係という。qpの関数である他の物理量の間の交換関係は、この正準交換関係から定まる。またABBAを{A, B}または[A, B+と書いて反交換関係とよび、しばしば用いられる。

 正準交換関係から、位置と運動量との間の不確定性関係が導き出される。交換関係の右辺が0、すなわち[A, B]=0ならば、ABとは互いに可換であるという。異なる力学的自由度に属する正準変数どうしは互いに可換である。可換な物理量は同時に正確に測定値を知ることができるので、不確定性関係を生じない。また、qpとの任意の関数どうしの交換関係は、古典力学における正準共役な力学変数の関係式(ポアソン括孤(かっこ))と形式的に似た形をしており、量子力学的記述の古典論的極限と結び付いている。粒子のスピンや角運動量を表す力学変数の間にも特定の交換関係が成り立つ。これらの異なる空間成分(x成分とy成分など)は一般に可換ではない。また全角運動量を表す演算子は、空間において力学系全体の回転を誘起する働きをもっている。正準交換関係は、場の量子論に拡張されて場の演算子の交換関係となる。また、角運動量の場合と同形の、またはより一般化されたリー代数の交換関係は、異なる素粒子間の相互関連を表すさまざまの対称性を記述するために広く用いられている。

[牧 二郎]

『斎藤理一郎著『量子物理学』(1995・培風館)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「交換関係」の意味・わかりやすい解説

交換関係
こうかんかんけい
commutation relation

量子力学において2つの演算子 AB に対し,交換子 [AB]=ABBA を規定する関係式。演算子に対応する物理量の性質を決めるもので,量子条件ともいう。たとえば,運動量 p と座標 q の間には [pq]=-ih/2π ( h はプランク定数) という交換関係を仮定するが,物理的にいえば,位置をはっきり決めると運動量の値は不確定になり,逆に運動量を決めると位置が不確定になるという不確定性原理を表現している。量子力学での [AB]=(2π/ih) は古典力学のポアソンかっこに対応する。場の量子論では場の演算子に対する交換関係が設定されるが,ボソンに対しては交換子を用い,フェルミオンに対しては反交換子を用いる。

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