改訂新版 世界大百科事典 「人体計測法」の意味・わかりやすい解説
人体計測法 (じんたいけいそくほう)
anthropometry
ヒトの形態を定量的に表現するために,人体の一部あるいは全身のサイズを測る方法のこと。人体測定法ともいう。計測対象により生体計測somatometryと人骨計測osteometryに分かれる。人骨計測のうちで,特に頭蓋に関しては頭蓋計測craniometryと呼ばれることがある。計測値の信頼性を高めるため,基準面,計測点,計測器具,計測時の姿勢,測定手順などが定められている。ドイツの人類学者ルドルフ・マルティンRudolf Martin (1864-1925)の教科書(1914)に,それまでに定義された計測項目が網羅的に記載されており,現在でも使われていることから,マルチン式の計測法と呼ぶことがある。頭蓋に関しては,W.W.ハウェルズが計測点と計測法をわかりやすく定義した計測法も普及している。
計測においては独特の基準面と方向が定められる。たとえば,正中面は左右対称な構造を左右に等しく分ける面である。頭部においては,矢状面(しじようめん)は上下前後方向に拡がる面であり,前頭面は上下左右方向に拡がる面である。上肢・下肢においては,体幹に近い方を近位,遠い方を遠位と呼ぶ。
用いる計測器は人体計測専用のものが多い。通常ミリメートル単位で記録する。2点間距離を測るための触角計,2点間距離や幅径,厚径を測るための滑動計と桿状計,高径を測るためのアントロポメータ(身長計と呼ぶこともある),周長や弧長(表面の長さ)を測るための巻尺がある(図1)。この他に,人骨計測では骨計測台や立方頭蓋固定器などを,生体計測では体重計や皮脂厚計などを使う。
生体計測,頭蓋計測ともに,頭部の基本姿勢は耳眼面(フランクフルト面とも呼ぶ)を水平に保持することである。耳眼面とは,頭蓋においては左右のポリオン(外耳孔上縁の中央点)と左のオルビターレ(眼窩点。眼窩下縁の最下点)の3点で,生体では左右のトラギオン(耳珠点。耳珠の上のつけね)と左のオルビターレの3点で決まる平面である。計測点の名称はラテン語であるが,工業製品設計に利用される生体計測寸法の定義に使われる計測点には工業標準(JIS Z 8500,JIS L 0111)で日本語名称が与えられている。
生体計測と頭蓋計測で定義が共通の項目もあるが,生体では軟部組織があるので,頭蓋計測の値と生体計測の値は一致しない。たとえば頭長(頭蓋計測では脳頭蓋最大長),頭幅(頭蓋計測では脳頭蓋最大幅),形態学顔高(頭蓋計測では顔高),頬弓幅などがある。
→頭示数 →顔示数
生体計測
生体計測における立位基本姿勢は,両足をそろえ,背すじを自然にのばし,頭部は耳眼面を水平に保持してまっすぐ前を向き,肩の力をぬいて上肢を自然に下垂した姿勢である。座位の基本姿勢は,固く水平な座面の上に,膝の後ろが座面の端にさわるくらい深くすわり,背すじを伸ばし,耳眼面を水平に保持してまっすぐ前を向いた姿勢である。生体計測における計測点は,皮膚の上から一意に決めることができる骨の突起の先端など人骨計測と定義が等しいものもあるが,へその中心(オンファリオン,臍点)や乳頭の中心(テリオン,乳頭点)のような軟部組織上の特徴的な位置として定義されているもの,殿部の最も後方の点のように形状により決まる計測点もある。骨によって定義されている計測点の中にも,筋肉や皮下組織に被われているため皮膚の上からさわりにくく,決定しにくいものもある。このため,精度よく計測するには計測者の熟練が必要である。
生体計測項目として最もしばしば計測されるのは,全身のサイズを表す身長である。床面からの高径には,肩峰高(床面からアクロミオン,肩峰点,すなわち,正立位をとったときの肩甲骨の肩峰の外側縁上で最も外側にある点まで),頸椎高(床面からケルビカーレ,頸椎点,すなわち第7頸椎の棘突起の先端まで),腸棘高(床面からイリオスピナーレアンテリウス,腸棘点,すなわち腸骨の上前腸骨棘の下端まで)などがある。腸棘高は,下肢の長さの代表値として使われることがある。上肢長は,アクロミオンから中指の先端までの直線距離である。幅径としては,肩峰幅(左右のアクロミオン間の直線距離),腸骨稜幅(左右のイリオクリスターレ(腸骨稜点)間の直線距離,すなわち左右の腸骨稜外側縁間の幅)などがある。座高は,座位姿勢における座面からベルテックス(頭頂点)までの垂直距離である。皮下脂肪厚は,定められた部位で皮膚をつまみ,そのひだの厚みを皮脂厚計ではさんで測る。栄養状態を表すために用いられる。
形状特徴を表すために,二つの寸法の間の比を用いる。たとえば,上方から見た脳頭蓋の形状を表す頭示数(頭長幅示数),正面から見た顔面部の形状を表す顔示数,正面から見たときの鼻の形状を表す鼻示数などがある。生体で全身のプロポーションを表すために比座高(座高÷身長×100),肩峰腸稜示数(腸骨稜幅÷肩峰幅×100),肩腰示数(腰最大幅÷肩峰幅×100)などがある。比座高はアフリカ系集団で最も小さく(相対的に座高が小さく下肢が長い),東アジア系集団で最も大きい(相対的に座高が大きく下肢が短い)という集団差がある。肩峰腸稜示数や肩腰示数には,男性で相対的に肩幅が広く,女性で相対的に腰幅が広いという性差が認められる。全身の太り具合を表すため,身長と体重からローレル指数など様々な指数が計算される。
近年,生体計測のために非接触式の形状計測装置(形状スキャナ)がさかんに用いられるようになった。形状スキャナによる計測は,かくれ部位を少なくするために上肢下肢をひらいた姿勢をとることが多く,10秒程度の計測時間の間に被計測者の姿勢が動揺することもあって,形状スキャナで取得した人体寸法は伝統的な方法で取得した寸法とは必ずしも一致しない。このため,両者を同等と認める事ができるかどうか評価する手順を定めた国際標準(ISO 2685)が制定されている。
→身長 →体重 →頭示数 →鼻示数
人骨計測
人骨計測は,原理的には生体計測と同じであるが,個々の骨の計測を行うことが多く,骨格として計測するのは,頭蓋,骨盤,手足のみである。頭蓋計測とそれ以外の人骨計測では方法が異なることが多い。頭蓋計測では,まず計測点を定め,その計測点間の距離や角度を測る。ただし,脳頭蓋最大幅のように,生体計測と同様の方法で,矢状面と直交する方向に測ることもある。一方,人骨計測では,計測点を定めるのではなく,個々の骨について計測法を厳密に定めることによって測る。
頭蓋計測の計測点は,頭蓋を構成する骨の縫合の交点や特定の構造に基づいて比較的正確に定めることができる。たとえば,眉間の正中矢状面にあって最も前方に突出する点をグラベラとし,後頭部の正中矢状面にあってグラベラから最も遠くにある点をオピストクラニオンとすると,両点の間の距離が脳頭蓋最大長になる。大後頭孔(頭蓋底で脊髄の通る孔)の前縁が正中矢状面と交差する点をバジオンとし,頭頂部外面にあって矢状縫合と前頭縫合との交点をブレグマとすると,両点の間の距離がバジオン・ブレグマ高になる。
顔面頭蓋では,鼻前頭縫合(前頭骨と鼻骨の間の縫合)と正中矢状面との頭蓋外表面における交点をナジオン(鼻根の点)とし,下顎体にあって正中矢状面内で最下方の点をグナティオンとすると,両点の間の距離が顔高になる。計測点間の距離ではなく,脳頭蓋最大幅と同様に,最も外側に突出した点の間の距離を測ることもあり,頬骨弓幅などがこれに当たる。顔面頭蓋における角度の計測は,計測点の位置を正中矢状面に投影し,二つの計測点を結ぶ線どうしがつくる角度として定義されることが多い。たとえば,全側面角はナジオンとプロスティオン(上顎歯槽の最前下点)を結ぶ線と耳眼面がつくる角度である。(図2)
頭蓋腔容量は,アワやヒエなどの種あるいはプラスチックの粒を,さかさにした頭蓋腔にいっぱいになるまで入れ,これをメスシリンダーに移して容積を測る。
四肢骨においては,単純な直線距離ではなく,投影距離として測ることが多いので注意を要する。たとえば,大腿骨の最大長は,骨頭の最上点から下端の最下点までと定義されるが,実際には,最上点から最下点までの直線距離を骨計測台平面に投影した距離となる。また,大腿骨の骨体中央矢状径などの太さも,滑動計の2本の顎(ジョウ)の間に挟んで測るので,投影距離である。
人骨計測においても,生体計測と同様に,各計測値の間の比を求めて形態学的な判断の基礎とする。たとえば,上腕骨と大腿骨の長さの比は,初期人類における樹上移動・地上二足歩行への適応度を反映し(上腕骨が長いと樹上移動に適応),上腕骨と前腕骨の長さの比あるいは大腿骨と下腿骨の長さの比は,寒冷・暑熱気候への適応度を示す(前腕骨あるいは下腿骨が長いと寒冷に適応)と考えられている。また,長骨の長さと骨体の周径との比(頑丈示数)は,骨の相対的な太さの指標とされる。
近年は,計測点の位置を座標計測装置や形状スキャナで取得し,計測点の座標値から距離や角度を算出する方法もとられる。また,マイクロCT撮影のデータから,距離や角度あるいは容積などが求められる。
→顔面角
執筆者:河内 まき子+馬場 悠男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報