けがやいろいろの病気で,呼吸運動が不十分となったり停止したりする。また,肺の働きが障害されたり,酸素の供給が不足したりすると,呼吸運動が十分であっても,血液が十分な酸素を得られない。不十分な呼吸を助け,生命の維持ができるようにする方法を人工呼吸または人工換気artificial ventilationという。ここでは,救急時の人工呼吸法について記述する。まず正常の呼吸のしくみを理解することがたいせつである。
酸素は生命維持に必須なものである。呼吸の目的は,空気中の酸素を肺に吸い込み,肺では酸素を血液に与え,炭酸ガスを血液から取り除くことである。この過程は外呼吸とよばれる。肺で酸素をもらった血液は,からだ全体に流れていき,細胞や組織に酸素を放出し,炭酸ガスを取り込んで肺に戻ってくる。この過程を内呼吸という。空気中には21%の濃度の酸素がある。酸素を含む空気を肺に吸入しても,21%濃度の酸素のうち5%だけが肺でのガス交換に利用される。したがって,息をはくときに,その中には16%の酸素と少量の炭酸ガスが含まれている。空気の肺への出入りは換気とよばれ,おもに横隔膜と肋間筋との収縮と弛緩により,1分間約15回の速さで規則的に行われている。肺が自動的にふくらんだり小さくなったりして空気を換気しているわけではない。空気が鼻孔や口から肺まで達する経路は気道とよばれる。以上のことから理解できるように,口内の分泌物,異物の存在,気道の狭窄や閉塞,肺自体の病気,呼吸に関係する筋肉や神経の障害,酸素を運ぶ血液や心臓の病気,空気中の酸素濃度が低下する状態など,いろいろの原因で呼吸が障害される。呼吸障害の最も重症のものは呼吸の停止である。
呼吸をしているかどうかは,自分の耳たぶをけが人や病人の鼻や口に近づけたとき,耳に空気の動きを感じるかどうかで見分けられる。また,胸や上腹部が上下に動くことからも観察できる。呼吸が止まっている人は意識も失っているので,すぐに人工呼吸を行う必要があるが,その前にまず気道を開放する。あお向けに寝かせ,頭を横向きにして2本の指を口内に入れて吐物,異物などを取り除く。意識がなくなると舌の根元が口咽頭の後壁に向かって落ち込む(舌根沈下)ので気道は狭窄ないし閉塞される。したがって,落ち込んだ舌を持ち上げることが必要である。一つの方法は,相手の首の後ろに手を入れて首を持ち上げ,もう片方の手を相手の前額部に置いて頭を後方に押す。この方法は頭部後屈法とよばれ広く利用されている。この方法以外にもいろいろな気道開放のしかたがある(気道確保法とよばれる)。
人工呼吸には,用手人工呼吸法(従来行われてきた方法で,手で胸部を圧迫して行う。数種の方法がある),呼気吹込み法,人工呼吸器(レスピレーター)使用法などいろいろある。ここでは,一般の人でも容易に行える呼気吹込み法について述べる。これは自分のはきだす空気を相手に与える方法である。すでに述べたように呼気中には16%濃度の酸素が含まれており,この濃度の酸素で生命を保つに十分である。自分の口と相手の口とを密着して呼気を吹き込む口対口mouth-to-mouth,および自分の口と相手の鼻孔を密着する口対鼻mouth-to-nose人工呼吸法があり,口対口の場合は,相手の鼻孔を2本の指ではさんで密閉する。口対鼻では,相手の口を密閉して空気のもれを防ぐ。幼小児では,自分の口を相手の口と鼻の両方に密着する(口対口・鼻mouth-to-mouth,nose)。呼気吹込みに際し,深く息を吸い込んで,まず最初に4回続けて呼気を吹き込む。その後は,1分間16~18回の割で行う。心臓の停止をともなっているときで,術者が1人しかいない場合は,呼気を4回吹き込んで,心臓マッサージを15回行ってのち,2回続けて呼気を吹き込む。その後は呼気吹込みと心臓マッサージとを同様にくり返す。術者が2人いる場合,1人が1回換気をし,その後もう1人が心臓マッサージを5回行う。呼気吹込みが効果的かどうかは相手の胸が吹込みに一致して隆起することや血色がよくなることで判定する。
→応急手当
執筆者:中江 純夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
なんらかの原因によって呼吸停止、高度の呼吸機能障害をきたした患者に対して、人工的に換気を行う方法をいう。人工呼吸法は、吸気時に気道内に陽圧をかけて行う方法と、陰圧をかけて行う方法があるが、いずれの場合も呼気は肺および胸郭の弾性を利用して自動的に行われる。現在用いられている人工呼吸法のほとんどは前者の方法であり、「呼気吹き込み法」のほか、バッグを用いて行う方法、麻酔器、人工呼吸器を用いて行う方法などがある。陰圧による方法としては、頸部(けいぶ)から下を気密箱内に入れ、箱の内を陰圧にすることによって人工呼吸を行う「鉄の肺」があるが、現在ではほとんど用いられていない。
[片岡敏樹]
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…診察を進めながら,患者に酸素を与えたり,輸液や薬を与えるための静脈路を確保したりする。呼吸や心臓が停止している患者の場合は,口や鼻孔から気管内にチューブを入れて,100%濃度の酸素を用いて人工呼吸を開始する。ただちに心臓マッサージも始める。…
…呼吸,循環機能が著しく低下あるいは停止して生命の火が消えようとするとき,人工呼吸や心臓マッサージなどにより生き返らせて生命を救うことをいう。直接には心臓,肺,脳機能をよみがえらせるので,心肺脳蘇生法cardio‐pulmonary‐cerebral resuscitation(CPCRと略記)とも呼ばれる。…
※「人工呼吸」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
《〈和〉doctor+yellow》新幹線の区間を走行しながら線路状態などを点検する車両。監視カメラやレーザー式センサーを備え、時速250キロ以上で走行することができる。名称は、車体が黄色(イエロー)...
12/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
11/21 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新