仁寿殿(読み)じじゅうでん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

仁寿殿
じじゅうでん

仁寿殿」のページをご覧ください。

仁寿殿
にんじゅでん

「じじゅうでん」「じんじゅでん」ともいう。平安京内裏の中央にあった建物で,中殿ともいわれる。初め天皇の常の在所 (おましどころ) 。のち内宴,相撲などを行うところとなった。

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世界大百科事典 第2版の解説

じじゅうでん【仁寿殿】

〈じんじゅでん〉とも読む。平安宮内裏の中心的建物。中殿ともいう。紫宸殿の北,承香殿の南にある7間3間の身舎で四面庇の建物。清涼殿が天皇の常住の建物となる以前は,この仁寿殿が天皇の御在所になっていたこともある。仁寿殿の東側は紅梅を植えた東庭があり,宴に使用されたこともある。紫宸殿,承香殿とはともに簀の子(すのこ)でつながっていた。もともと天皇の常住の建物であったから,平安宮以前の諸宮にも仁寿殿に相当する建物は存在したはずである。

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大辞林 第三版の解説

じじゅうでん【仁寿殿】

平安京内裏の中央にある殿舎の一。紫宸殿ししんでんの北、承香殿の南にあった。初めは天皇の常御殿であったが、のち相撲・蹴鞠けまりなど各種行事の場となった。じんじゅでん。じじゅでん。 → 内裏

じんじゅでん【仁寿殿】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

仁寿殿
じじゅうでん

「じんじゅでん」とも読む。平安宮内裏(だいり)の殿舎の名。紫宸殿(ししんでん)の北にあり、中殿(ちゅうでん)ともよばれた。檜皮葺(ひわだぶ)きで東西7間、南北4間の四面に廂(ひさし)がある南向きの建物。中央を通る馬道(めどう)で東西に分けられる。紫宸殿との間は露台(ろだい)で、儀式の座が設けられたり、夏に公卿(くぎょう)たちがここで涼をとったりした。仁寿殿はかつて天皇の日常の居所で、南廂の東端には天皇が神事を行う石灰壇(いしばいのだん)があったが、平安中期からは清涼殿がこれにかわり、仁寿殿では正月の内宴や歌合(うたあわせ)などが催され、東庭で相撲(すもう)が行われるなどした。[吉田早苗]

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精選版 日本国語大辞典の解説

じじゅう‐でん【仁寿殿】

平安宮内裏殿舎の一つ。内裏の中央にあるので中殿、清涼殿の東にあたるので東殿ともいう。もと天皇の常の座所であったが、のち常の座所は清涼殿となり、ここでは、内宴、相撲、御遊などが行なわれた。じんじゅでん。じんじゅうでん。じじゅでん。
※三代実録‐仁和二年(886)正月二日「時平於仁寿殿如加元服時年十六」
※弁内侍(1278頃)寛元五年三月一日「仁寿殿のつまの局(つぼね)にわたりゐたりしに」

じんじゅ‐でん【仁寿殿】

にんじゅ‐でん【仁寿殿】

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世界大百科事典内の仁寿殿の言及

【仁寿殿】より

…紫宸殿の北,承香殿の南にある7間3間の身舎で四面庇の建物。清涼殿が天皇の常住の建物となる以前は,この仁寿殿が天皇の御在所になっていたこともある。仁寿殿の東側は紅梅を植えた東庭があり,宴に使用されたこともある。…

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