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内宴 ナイエン

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デジタル大辞泉の解説

ない‐えん【内宴】

内々の宴。内部の者だけで催す宴。
平安時代、宮中で行われた内々の公事(くじ)。正月20日ごろの子(ね)の日に仁寿殿(じじゅうでん)南廂(みなみびさし)に天皇が出御、公卿以下文人を召して詩文を作らせ、また酒宴を催した。

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世界大百科事典 第2版の解説

ないえん【内宴】

内裏で行われた宮中の私宴。正月21日に行われ,もし21,22,23日の3日間のうちに子日(ねのひ)があれば,子日に行う。文献上では812年(弘仁3)嵯峨天皇神泉苑に行幸,文人を召し,宴を行ったのが初見とされているが,これ以前より行われていたことは確実である。《類聚国史》は809年(大同4)とするが,これを起源とするのはむずかしい。《河海抄》は813年を始めとし,〈唐太宗之旧風也〉と説明する。平安時代の儀式については《西宮記》《北山抄》にくわしく,天皇が仁寿殿に出御,文人の詩があり,講詩が詩を披講し,内教坊の舞姫が舞を奏する。

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大辞林 第三版の解説

ないえん【内宴】

平安時代、正月21日頃の子の日に、帝が仁寿殿じじゆうでんに出御し、群臣・文人を召して催した宮中の私宴。 「 -に召されて/宇津保 菊の宴

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

内宴
ないえん

朝廷年中行事の一つ。毎年、通常は正月20日、正月21日から23日のいずれか1日が子(ね)の日であれば当該日を選び行われた。天皇主催による内々の宴の意。内裏の仁寿殿(じじゅうでん)に作文(さくもん)(漢詩)に才ある臣下を集めて行われた詩宴が起源。史料上の初見は嵯峨天皇の809年(大同4)。812年(弘仁3)、813年などの諸説がある。本来は不定期の宴であったようだが、仁明(にんみょう)朝(833~850)頃より式日が定まった。後一条天皇の1034年(長元7)以後は途絶し、1158年(保元3) 内裏新造を機に藤原通憲(ふじわらのみちのり)(信西(しんぜい))らが再興し、翌年も続行されるが以後は途絶えた。同時期に作成された行事絵『年中行事絵巻』中に具体的な式場の様子等が描かれている。院政期頃より和歌・詩会の遊宴の典型例として、以後の宮廷文芸行事の行事内容にも影響を与えた。[佐多芳彦]
『倉林正次著『饗宴の研究 儀礼編』(1965・桜楓社) ▽山中裕著『平安朝の年中行事』 (1972・塙書房) ▽鈴木敬三著「年中行事絵巻『内宴』について」(「日本歴史」134)』

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