コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

伏見人形 ふしみにんぎょう

6件 の用語解説(伏見人形の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

伏見人形
ふしみにんぎょう

京都の伏見で作られる土人形。土で原型を作り,型抜きして大量生産する。簡単な彩色を施したものが多い。安土桃山時代から伏見稲荷の門前で生産販売されたと伝えられ,江戸時代には各地に製法や形式が伝播した。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

ふしみ‐にんぎょう〔‐ニンギヤウ〕【伏見人形】

伏見で産する土製の人形。江戸時代初めころから作られ、形・彩色の素朴なもの。伏見雛(びな)。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

伏見人形【ふしみにんぎょう】

京都市伏見区で作られる素朴な土製の人形。奈良時代以前よりこの地に土着した土師部の埴輪や土器作りから発生したとされる。日本の土人形で最古の歴史をもつといわれ,各地の土人形の原型をなす。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

ふしみにんぎょう【伏見人形】

京都市伏見区稲荷大社付近でつくられている土人形。稲荷山の埴土(はにつち)を用いて始められ,日本の土人形で最古の歴史をもつといわれる。その型は全国に伝えられ各地郷土人形の源流ともなっている。奈良時代以前からこの地に土着した土師部(はじべ)の埴輪,土器つくりから発生したといわれ,江戸時代には〈稲荷人形〉の名で売られ,幕末から明治初期にかけては50余軒の窯元がみられるほどの繁栄ぶりを示した。販路は四国,九州あたりまで広まり,それぞれの土地に伏見系土人形発生の影響を与えた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

ふしみにんぎょう【伏見人形】

伏見で作られる土製の人形。桃山期より作られ、形・色とも素朴な味わいがある。伏見雛びな

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

伏見人形
ふしみにんぎょう

京都市伏見区伏見稲荷(いなり)大社付近でつくられる人形。稲荷山の埴土(しょくど)を用いて創始され、日本で最古の歴史をもつといわれる。全国各地の土人形の源流ともなっている。稲荷人形ともいわれ、製作地名から「深草焼」ともよばれた。奈良時代以前からこの深草の地に土着した土師部(はじべ)の埴輪(はにわ)、土器作りから発生したといわれ、祭祀(さいし)用土器から日常生活用品製作へと発展して独立した家業となり、やがて余技として土人形が生み出されてきたと思われる。江戸時代初期の元和(げんな)年間(1615~24)には、すでに人形製作販売の伏見商人仲間(同業組合)が存在していた。一般には関ヶ原の戦いで敗亡した宇喜多秀家(うきたひでいえ)の陪臣(ばいしん)、鵤(いかるが)幸右衛門が、深草の里に隠棲(いんせい)、土人形をつくり生業としたのが始まりと伝えられている。また、東福寺門前の焼き物師、人形屋幸右衛門に、伏見稲荷大社に近い臨済宗東尊寺開山堂の布袋(ほてい)座像を模してつくらせたのがおこりとする説もある。江戸時代には各種の土人形が、伏見街道や稲荷大社の参道で京土産(みやげ)として売られた。幕末から明治初年にかけては窯元(かまもと)と称するものが五十余軒、小売店も十数軒数えられるほどの繁栄を示した。販路は畿内(きない)はもとより四国、九州まで広がり、各地の土人形に強い影響を与えた。これを原型とする作品が全国に多くみられる。
 製法は、表裏二面の土型の内側に粘土をこね伸ばして詰め合わせたのち、型から離して型起こしの人形をつくる。これを天日で乾燥して焼く。窯から出した素焼人形は胡粉(ごふん)で下塗りし、泥絵の具で彩色して仕上げる。種類が多く、かつては3000点に達したという。稲荷信仰にちなんだもの、節供飾り物、教訓説話的なものなど、ほとんどが民間信仰や縁起に結び付いているのが特徴である。火難除(よ)けの布袋(ほてい)、歌舞伎(かぶき)十八番物を人形化した成田屋人形、各種の狐(きつね)物、饅頭(まんじゅう)食い、西行(さいぎょう)、一文牛、天神、友引き人形などがある。[斎藤良輔]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

伏見人形の関連キーワード稲荷神社伏見稲荷大社稲荷大社京都府京都市伏見区稲荷山官有地京都府京都市伏見区深草稲荷御前町京都府京都市伏見区深草稲荷鳥居前町京都府京都市伏見区深草稲荷中之町京都府京都市伏見区深草稲荷山町京都府京都市伏見区深草藪之内町京都府京都市伏見区

今日のキーワード

日本政策投資銀行

1999年に日本開発銀行と北海道東北開発公庫を統合し、発足した政府系総合政策金融機関。一般の金融機関が行なう金融などを補完・奨励し、長期資金の供給などを行ない、日本の経済社会政策に金融上で寄与していく...

続きを読む

コトバンク for iPhone

伏見人形の関連情報