日本大百科全書(ニッポニカ) 「佐野眞一」の意味・わかりやすい解説
佐野眞一
さのしんいち
(1947―2022)
ノンフィクション作家。東京都生まれ。早稲田(わせだ)大学第一文学部卒業。出版社勤務を経て作家となる。1982年(昭和57)日本のセックス産業を取材した『性の王国』で注目を集める。1987年『業界紙諸君!』で、ともすればブラックジャーナリズムとも親和性をもつ業界紙について、その現場を取材し、最底辺から見たジャーナリズム論を展開。1990年(平成2)、三行広告を入口に、社会をルポルタージュする『紙の中の黙示録』を発表。こうした、いままでジャーナリズムのメインストリームとは目されなかった部分に注目してジャーナリズムを考えるスタイルは、スタートのころの佐野が、出版界の周縁に位置するところで『怪獣怪人大百科』など子ども向け娯楽本の制作にかかわっていたことに根ざす。こうした問題意識は、出版不況の現場をドキュメントした『だれが「本」を殺すのか』(2001)に受け継がれる。出版業界のさまざまな現場を歩き、生(なま)の声を集めたこの仕事は出版界内外を震撼(しんかん)させた。
1992年、戦後ベストセラー史に残る『山びこ学校』の著者である無着成恭(むちゃくせいきょう)(1927―2023)と、彼の教え子たちのその後を追ったドキュメント『遠い「山びこ」』を発表。幼いころの作文で厳しい現実に抗するように明るい未来を語っていた子どもたちのその後はけっして幸福なものではなかったことが明らかにされる。彼らは高度経済成長の荒波に揉(も)まれ、疲れ果てていった。佐野はこの仕事により、歴史の表面に隠された暗部を探り出すスタイルを確立した。1994年読売グループを築いた正力松太郎(しょうりきまつたろう)の評伝『巨怪伝』を発表。読売新聞が発行部数トップになるには、警察官僚として左翼を弾圧した過去をもつ正力の情報網と人脈が不可欠だったことを明らかにした。これは大正・昭和の裏面史であると同時に、マスコミの裏面史でもある。
1997年民俗学者宮本常一(みやもとつねいち)と渋沢敬三の交流を描いた『旅する巨人』(1996)で大宅壮一(おおやそういち)ノンフィクション賞受賞。1998年ダイエーとその経営者中内㓛(なかうちいさお)(1922―2005)の歴史を、戦後流通業、戦後消費社会の歴史ととらえ、成長と凋落(ちょうらく)を描いた『カリスマ』を発表。「革命」とまで評された手法が、いつしかインサイダー取引疑惑や借金地獄に転落していくさまを描いた。なお、この本の出版をめぐっては、中内側から名誉毀損(きそん)の損害賠償請求裁判が起こされた。続く『東電OL殺人事件』(2000)は、スキャンダラスなニュースとして大きく報道された事件を取り上げたものだが、佐野は単なる事件の報告にとどまらず、男女の雇用機会均等がいわれても変わらない企業社会の本質や、容疑者とされた外国人労働者が置かれている状況、さらには捜査当局と司法当局の構造的問題点といったところまで踏み込んだ、広範な分析、追究を行っている。同書は2000年(平成12)のベストセラーとなり、2001年には続編『東電OL症候群』が刊行された。そのほかの仕事に『戦国外食産業人物列伝』(1980)、『現代を射とめる企業家たち』(1983)、『ニュータウン流通戦争ドキュメント』(1985)、『日本のゴミ』(1993)、『大往生の島』(1997)などがある。
[永江 朗]
『『戦国外食産業人物列伝』(1980・家の光協会)』▽『『ニュータウン流通戦争ドキュメント』(1985・日本経済新聞社)』▽『『紙の中の黙示録』(1990・文芸春秋)』▽『『旅する巨人』(1996・文芸春秋)』▽『『大往生の島』(1997・文芸春秋)』▽『『東電OL殺人事件』(2000・新潮社)』▽『『東電OL症候群』(2001・新潮社)』▽『『だれが「本」を殺すのか』(2001・プレジデント社)』▽『『性の王国』『遠い「山びこ」』『巨怪伝』(文春文庫)』▽『『業界紙諸君!』『日本のゴミ』(ちくま文庫)』▽『『カリスマ』(新潮文庫)』▽『『現代を射とめる企業家たち』(知的生きかた文庫)』