平安時代の説話画,なかでも絵巻など小画面絵画に用いられた絵画技法。初めに墨線でおおよその下描をし,それに従って画面全体を濃密な彩色で塗りつめ,最後に人物の顔の輪郭や目鼻,着衣の衣文などの細部を墨線で描き起こす。宮廷絵所の絵師をはじめとする専門画家によって小画面細密画に用いられ,洗練された技法で当時の文学におけるフィクション,いわゆる〈作(つくり)物語〉と深く結びつき,物語の情趣を絵画化するうえで最も密度の高い独特の表現様式を生み出すもととなった。現存する《源氏物語絵巻》に典型例をみることができる。そのいくつかの画面に下描線とともに書き込まれた文字は,彩色を専門とする補助的な画工への指示と解され,また彩色の過程でしばしば図様を変更しているのは,よりふさわしい形態や構図をつくっていくという〈作絵〉の本質を示すものであろう。さらに墨細線を微妙に引きわけて人物に表情を与える描き起こしは,最も熟達した画家の手にゆだねられたに相違ない。密度の高いマチエールの美しさ,凝集力のある表現は,作絵技法によってはじめて生み出されたものであった。しかしこの技法は鎌倉時代以降しだいに形式化を強め,当初の表現力は失われていった。
→白描画
執筆者:田口 栄一
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…内豎はこの当時の民間工匠をいい,熟食はもと内匠寮に所属した雑工であった。さらに他の文献から,墨書配下の工匠のなかに,画工司の金画長上とよばれた金泥専門工人に相当する淡(たみ),主として彩色を担当する作絵(つくりえ),また顔料を調製する丹調(にづくり)などの職名と絵画制作の分担が知られる。この宮廷の絵所絵師たちがさかんに活躍する12世紀に入ると,公認された絵仏師も工房を組織し,寺院の造営を場としてともに手腕を競った。…
…物語,説話,伝記,社寺縁起などを横長の巻物に詞(ことば)(文章)と絵で表した作品の総称。絵巻物とも呼ぶ。この名称は江戸時代に一般化したもので,古代・中世においては〈……絵〉と称され,また今日では絵巻と同義語のように用いられている〈絵詞〉は本来,絵巻の詞書(ことばがき)を指すものであった。この巻物形式の絵画は中国から伝わり(中国では画巻と呼ぶ),日本で独自の発展をとげ,日本絵画史の代表的な領域を形成した。…
…すなわち〈柏木〉〈鈴虫〉〈御法〉の6場面は,晩年の光源氏の宿命的な悲劇を描く物語のクライマックスの部分にあたり,そのなかからドラマティックな場面を選び,また〈横笛〉〈夕霧〉の2場面は副次的なエピソードとするなど,当初の場面選択の意識,構成法を知ることができる。画家は登場人物の複雑な心理や情趣深い背景をいかに造形化するかに意を尽くし,粗い下描線で図取りした上を顔料で厚く塗り込め,最後に細く鋭い線で描きおこす作絵(つくりえ)の技法を最大限に活用している。画面の緻密に計算された有機的構図が各場面の詩的な情趣を象徴的に表現するとともに,引目鉤鼻(ひきめかぎばな)と呼ばれる類型化した面貌描写も,実際には細緊な筆線を引き重ねることによって人物の微妙な心理を表出しえている。…
※「作絵」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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