筆の線だけで制作された絵画であり,白画ともいう。広義には下がき,素描などの未完成品や粉本なども含まれるが,本格的な白描画は色彩をともなわず,あくまで筆線のみで完成された作品をさす。
白描画の伝統は古いが,六朝・晋の書画兼善の文人の描いたそれが一つの規範となり,盛唐の呉道玄(道子)がこれを復興させたと考えられる。これらの白描画は筆の機能を生かすという点で,書法と深く結びつく。南唐の最後の王李煜(りいく)のように,その書法〈金錯刀〉をその墨竹(鉄鉤鎖)に応用する例もあり,この白描的な墨竹の存在は道釈人物画中心であった白描画に新しい展開があったことを示している。呉道玄以後の白描画の大家は北宋末の文人李公麟である。呉道玄が寺観の大画面壁画に腕をふるったのに対し,小画面の鑑賞的な作品に徹した李公麟は,観音をはじめとする道釈人物画や馬をよく描いた。李公麟の白描画は,白描を白描として意識しない自由なものであったと考えられるが,それは後継者のなかで形式化し,装飾的ともいえるような画風を生じるようになる。白描画の技法の形式面のみを追う作品は元代に多く制作され,ここでは白描画本来の筆の機能の開放が細線をひく高度の技法に交替しているが,一種,清潔な装飾美も認められる。巨視的には,元以降の白描画は,形式化した李公麟画風の継承が主流となったといえよう。白描画のような特殊な画風がながく伝統として中国に存在したことは,中国絵画の書との深い結びつきを示す現象といえる。
執筆者:戸田 禎佑
日本における白描作品は,奈良時代から見られる。正倉院には麻布に描かれた《墨絵菩薩像》をはじめ布作面や《墨絵山水図》などが遺され,文献からは白描の屛風が作られたことも知られる。平安時代に入ると,白描によるやまと絵障子が描かれたことが記録される一方,唐への留学僧などにより白描図像が請来された。《高雄曼荼羅》(神護寺)や《子島曼荼羅》(奈良,子島寺)は,このような図像を手本に生まれた金銀泥描の傑作である。また当時人々が慣れ親しんだ画巻や冊子等の小画面の絵画にも白描画は用いられている。《中尊寺経》をはじめ多くの装飾経には金銀泥描が見られるし,世俗画の分野でも,12世紀初頭の《法華経冊子》中の歌絵のように素人の画技として好んで描かれている。《源氏物語》で光源氏が描いた須磨明石の日記絵も白描画であった。
こうした長い伝統の上に,院政時代から鎌倉時代にかけ優れた白描絵巻が数多く作られた。アクセントのある自在な墨線によって生き生きとした表情と運動感に満ちた動物をユーモラスに描く《鳥獣戯画》,藤原隆信・信実父子によって大成された似絵(にせえ)の興隆を如実に示す《随身庭騎絵巻》《天皇摂関列影図巻》や,後鳥羽院本《三十六歌仙絵》などの歌仙絵や歌合絵があげられる。さらに13世紀後半から14世紀初頭には,女絵系の物語絵に白描技法が用いられ多くの優品を生んだ。柔軟な筆致の《源氏物語絵》浮舟・蜻蛉帖,象徴的で清楚な《隆房卿艶詞(たかふさきようつやことば)絵巻》,そして整斉で華麗な《枕草子絵巻》や《豊明(とよのあかり)絵巻》,これらは白描やまと絵とも呼ばれ,モノトーンの諧調の美しさを意識的に表現している。しかしこのような白描の物語絵は制作が手軽であったこともあり14世紀以降しだいに小型化,簡略化していった。《尹大納言(いんのだいなごん)絵巻》《平家公達草子》《善教房絵巻》《転寝(うたたね)草子》など愛すべき小品も多いが,画面中に人物の会話が書きこまれるようになり,象徴的な画趣は失われていった。このほか広範な流布を必要とした縁起絵巻には白描の遺品が多く見られる。
執筆者:佐野 みどり
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墨の筆線を主体として描かれた絵画。したがって、墨の面的な表現を主とする「水墨画」とは区別される。彩色を施す前の下絵や、粉本(ふんぽん)、素描なども含まれるが、本格的な白描画は線描によって完成された作品である。中国では古く「白画」とよばれ、唐の呉道玄(ごどうげん)によって完成されたのち一時衰退していたが、北宋(ほくそう)末には李公麟(りこうりん)によって復興された。日本においてもその伝統は奈良時代にまでさかのぼり、『麻布菩薩(まふぼさつ)像』(正倉院宝物)などの遺品が残されているが、その技法は平安時代を通じて画家の基礎的技術として継承されていった。また密教図像の粉本の多くは白描画で、院政期にはそれらの転写が盛んとなった。平安時代(12世紀)の『鳥獣人物戯画』(京都・高山寺)は、このような伝統のうえに生まれたものである。白描の「つくり物語絵」も、13世紀に入るとその技術的洗練が進み「白描やまと絵」の様式が確立し、『隆房卿艶詞(たかふさきょうつやことば)絵巻』(国立歴史民俗博物館)、『枕草子(まくらのそうし)絵巻』(東京・浅野家)などの清澄な美感を備える作品がつくられた。
[加藤悦子]
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