久能山(読み)クノウザン

デジタル大辞泉 「久能山」の意味・読み・例文・類語

くのう‐ざん【久能山】

静岡市東部、有度うど山の南麓一山。標高216メートル。山頂徳川家康を祭る東照宮がある。南斜面石垣イチゴ栽培地。

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精選版 日本国語大辞典 「久能山」の意味・読み・例文・類語

くのう‐ざん【久能山】

  1. [ 一 ] 静岡市駿河区の南東端にある山。有度(うど)丘陵の残丘。久能山東照宮があり、石垣イチゴが栽培される。補陀落(ふだらく)山。
  2. [ 二 ]くのうざんとうしょうぐう(久能山東照宮)」の略称。

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国指定史跡ガイド 「久能山」の解説

くのうざん【久能山】


静岡県静岡市駿河区根古屋ほかにある寺院跡。市の東部、駿河湾を見下ろす標高216mの有度(うど)丘陵に位置し、長い年月をかけた浸食作用によって岩の堅い部分だけが残り、現在のように孤立した山となった。南面は急な崖で駿河湾に接して東西両面は峡谷であり、北方は屏風岩により日本平の高地と隔てられている。推古天皇(在位592~628年)のころに久能忠仁(ただひと)が久能寺を建立し、奈良時代の行基をはじめ、静岡茶の始祖といわれる鎌倉時代の円爾(えんに)(聖一国師)など多くの名僧が往来して隆盛をきわめた。しかし、1568年(永禄11)に武田信玄が駿河に侵攻すると、地勢の険しさに着目して寺を北矢部(静岡市清水区)に移し(現在の鉄舟寺(てっしゅうじ))、この要害の地に久能城を築いた。武田氏の滅亡後、城は徳川氏が引き継ぎ、1616年(元和2)に家康が死去すると遺命によって久能山東照宮に葬られた。翌年には東照大権現の神号を賜り、のちに改葬されて日光に移ったが、以後、祭祀は日光東照宮とともに行われるようになった。このように著名な久能寺の旧跡で、築城史上の好例であり、また家康の最初の葬地である東照宮の鎮座地として歴史上価値があることから、1959年(昭和34)に国の史跡に指定された。JR東海道新幹線ほか静岡駅からしずてつジャストラインバス「久能山下」下車、徒歩約20分。

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百科事典マイペディア 「久能山」の意味・わかりやすい解説

久能山【くのうざん】

静岡県静岡市街南東部,有度(うど)山塊中の一峰。標高216m。鮮新世の粘土洪積世の砂礫(されき)層からなり,緩斜面は茶園となり,急斜面では石垣イチゴを栽培。古くは久能寺があり,西行が泊まっている。また武田信玄が久能山城を築いている。山頂に徳川家康を祀る久能山東照宮がある。有度山塊の山頂は日本平
→関連項目御殿場[市]静岡[市]清水[市]天明徳川家康

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「久能山」の意味・わかりやすい解説

久能山
くのうざん

静岡県静岡市にある有度山(うどやま)(307メートル)の南側の一部で、独立した山頂をもつ山。標高216メートル。国指定史跡。有度丘陵をつくる久能山礫層(れきそう)は、侵食に対して急崖(きゅうがい)をつくりやすい性質をもち、久能山も急な崖(がけ)で囲まれた峰である。有度浜の久能山下から十七曲、1159段の石段を上るか、日本平からロープウェーで屏風(びょうぶ)谷を越えて達することができる。南斜面の石段、石垣、石の桟道(さんどう)などの美しい構築は有名で、斜面の下部は石垣イチゴの産地。山頂には徳川家康を祀(まつ)る久能山東照宮があり、本殿、石の間、拝殿は国宝。日本平、登呂(とろ)遺跡、三保松原(みほのまつばら)などとともに観光地をなしている。

[北川光雄]

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改訂新版 世界大百科事典 「久能山」の意味・わかりやすい解説

久能山 (くのうざん)

静岡県静岡市南端部,有度(うど)丘陵中の一峰。標高216m。徳川家康ゆかりの久能山東照宮の造営された山としても有名で,北側の日本平山頂からのロープウェーにより,久能山下から十七曲りの石段をのぼって山頂に達する。久能山礫(れき)層の浸食による急崖に囲まれた孤峰にあるために要害の地であり,古くは久能寺,久能山城も構築された。南側は有度浜に面する斜面で,石垣イチゴの産地である。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「久能山」の意味・わかりやすい解説

久能山
くのうざん

静岡県中部,静岡市の南部,有度山丘陵の南縁久能山礫層からなる標高 216mの山。国指定史跡。南は急崖をもって駿河湾に臨み,北は屏風谷を隔てて日本平 (国指定名勝) に接する。南側の急傾斜地では,石垣いちご栽培が盛んに行なわれている。頂上には久能山東照宮 (国指定重要文化財) があり,つづら折りの石段による参道があるが,現在は日本平からロープウェーが通じている。

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旺文社日本史事典 三訂版 「久能山」の解説

久能山
くのうざん

静岡市南部,有度 (うど) 山塊南端の山。徳川家康を祭る東照宮が山頂にある
古くは武田信玄により久能城が築かれたこともある。1616年家康が死ぬと,遺命により久能山上に葬り,翌年日光に改葬。その後廟所 (びようしよ) として東照宮が建てられ,諸大名の尊崇を集めた。

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世界大百科事典(旧版)内の久能山の言及

【東照宮】より

…徳川家康をまつる神社。1616年(元和2)家康が駿府で没すると,遺言に基づきいったん駿河久能山に葬り,翌年下野日光山に遷葬,朝廷から東照大権現の神号が授けられた(日光東照宮)。久能山東照社は17年12月社殿を造替,幕府は神領3000石を寄進した。…

【日光東照宮】より

…栃木県日光市山内にある徳川家康をまつる神社。1616年(元和2)4月17日家康が駿府城で没すると,遺言に基づき,幕府はその夜神式をもって駿河久能山に葬り,墓前に社殿を建てた。遺命により天海の主導で,一周忌を期し下野国都賀郡日光山に改葬することとなり,翌17年仏岩山南に本社,拝殿,本地堂以下が完成,神霊をうつして4月正遷宮の祭礼が行われ,朝廷から東照大権現の神号の宣命と正一位の神階を受けた。…

※「久能山」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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