刑法上,過失犯の成立範囲を制限するために用いられる理論の一つ。自己の行為から犯罪を構成するような結果を発生させたとしても,その場の状況からみて,事故が発生しないよう被害者等が適切に行動するだろうと信頼してよかった場合には,過失があったとはいえず,処罰されないとする。1960年代後半に,最高裁が,道路交通事故に関して,この考え方をとったとみられる一連の判決を下したことから,刑法学において注目を集めた。現在の社会においては,道路交通に限らず,人身に対する危険を潜在的に含んだ行動であっても,一定の基準に従っていれば広く許容されているから,事故の発生を示唆する特別の事情があったのでない限り,そのような行動をした者を処罰することはできない,という考えが背後にある。社会における危険を回避する負担を,行為者だけでなく,被害者側にも負わせる,危険分配の考え方である。
→過失
執筆者:中森 喜彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…しかし,技術の発達とともに,人身に対する危険を不可避的に含んだ活動が大規模に行われるようになると(高速度交通,大工場経営など),危険な行為であっても,社会的に有用なものは許容されるべきだと考えられるようになった(許された危険)。また,交通事故の場合を中心として,相手方が適切に行動するだろうと信頼してよい状況下であれば,死傷などの結果が発生しても刑事責任を負わないとされるようになった(信頼の原則)。これらの点から出発して,過失一般も,行為者個人が犯罪事実の発生を不注意で認識しなかったという以前に,行為が客観的に妥当なものでなかったことを意味すると考えられるようになった(いわゆる新過失論。…
※「信頼の原則」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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