日本大百科全書(ニッポニカ) 「個人識別」の意味・わかりやすい解説
個人識別
こじんしきべつ
生体、死体がだれであるかを見分けることで、死体の一部(頭、手足、その骨など)、分泌・排泄(はいせつ)物(唾液(だえき)、精液など)、血痕(けっこん)、指紋、足跡などの識別も含めて使われる。個人識別が必要とされるのは、生体では精神障害者、記憶喪失者などの場合、死体では身元不明者の場合である。識別の資料としては、全身的な特徴としての皮膚の色、容姿、身体計測値、血液型などがあり、局部的な特徴としては指紋や掌紋、いれずみ、あざ(母斑(ぼはん))、傷痕、形態異常、頭髪の色調や縮れ方、歯牙(しが)、筆跡などがある。また、衣類や所持品、似顔絵、写真、該当者の特徴に基づいて作成したモンタージュ写真も資料となる。生体では指紋、歯(乳歯、永久歯の萌出(ほうしゅつ)状態、先端部の擦り減りを示す咬耗(こうもう)度、脱落、むし歯とその処置程度)の分析、写真などがもっとも有効で、血液型、個人の音声を分析した声紋も利用される。
指紋が個人識別上の応用として発表されたのは1880年で、その後イギリスのゴルトンFrancis Galton(1822―1911)によって指紋の万人不同、終生不変が確実になった。日本で古くから自己証明などに慣用されてきた手形(手掌紋)、拇(ぼ)印などは、いわば個人識別における指紋法の前駆をなすものといえる。指紋は紋様の形態から大きく3分類され(弓状紋、蹄(てい)状紋、渦状紋)、さらに細分類されて、各紋に番号(指紋価)がつけられている。身元不明者あるいは被害者の身元、前科の確認などの目的には、左右各指の指紋価を一定の方式で表示した十指指紋法、また遺留(現場)指紋から犯人を割り出すなどの目的には、一指の指紋の特徴を詳しく分類、数式化し、1本の指からでも識別が可能な一指指紋法が用いられる。
一方、歯の場合は、齢(れい)という字が示すように、歯と年齢は関係が深く、歯の分析は生体の年齢推定に有効(死体も同様)である。そのほか、身体計測値、老人性変化、骨の発育、退化状態をみるレントゲン撮影なども年齢推定の参考とされるが、個人差がかなり大きい。
死体では新鮮なものは生体とほとんど同じ識別方法が適用されるが、焼死体、腐敗死体(指紋は死後かなり経過したものでも採取可能)、または骸骨(がいこつ)化、あるいはその一部となると、識別方法も制限され、性別、年齢しかわからないこともあり、やっと人骨とのみ判明する場合もある。性別は、腐敗しにくい女性内生殖器、骨盤骨、頭蓋(とうがい)骨などの性的差異(一般に男性のは女性より形が大きく、隆起、突起が著明)などから推定される。また組織学的に体細胞の性染色質sex chromatinの特徴も検査される。女性では、白血球に特徴的な太鼓ばち様の核突起drumstickがみられ、血液や血痕からの識別に応用される。現在では、細胞核からDNAを抽出し、性染色体上にあるXおよびY特異塩基配列をpolymerase chain reaction(PCR)法(DNAポリメラーゼによる酵素反応を利用し、DNAのある一部だけを選択する)により増幅し、電気泳動を行ったのち、XおよびY遺伝子の有無を観察し性別を判定する方法が、人体に由来する血液、体液、歯、骨などからの識別に応用されている。年齢は歯の分析のほかに、頭蓋骨縫合や上腕骨骨端部の癒合状態、恥骨結合部の性状などの年齢的差異(一般に骨は胎生2か月の骨質形成の起点である骨核の発現に始まり、青年期の骨端癒合、その後の老化現象などの過程をとる)を参考にして推定される。また上肢骨に一定係数を掛けて推定身長を算出したり、骨髄や歯、骨の小片から血液型を判定したりして、識別の資料とする。
骨は、軟部組織の崩壊後も原型を保ち、しばしば個人識別の対象となる。DNA型検査は、白骨化した死体の検査に用いられる。硬組織を試料として行うが、なかでも歯は物理化学的侵襲に対してもっとも強く、永く残存していることから極めて有用である。とくに、象牙質で覆われた歯髄のDNAはよく保存されており、このDNA多型分析が個人識別に応用される。ばらばらの骨の場合は人獣骨か否かも識別される。とくに頭蓋、顔面、下顎(かがく)の骨の形態は顔の特徴を象徴し、重要とされる。頭蓋骨に粘土などを張り付けて生前の顔貌(がんぼう)になるべく近似したものに復原する復顔法(頭蓋肉付(にくづけ)法)や、該当者の写真と頭蓋骨を重複して焼き付けるスーパーインポーズ法なども個人識別に利用される。
[澤口彰子]