催眠(読み)サイミン(その他表記)hypnosis 英語

デジタル大辞泉 「催眠」の意味・読み・例文・類語

さい‐みん【催眠】

眠くなること。また、薬や暗示などにより人為的に眠けを催させたり睡眠に似た状態にすること。
[類語]睡魔眠気

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精選版 日本国語大辞典 「催眠」の意味・読み・例文・類語

さい‐みん【催眠】

  1. 〘 名詞 〙
  2. ねむけをもよおすこと。また、ねむくならせること。
    1. [初出の実例]「過度労働のために、水夫たちは、無抵抗的に催眠されてゐた」(出典:海に生くる人々(1926)〈葉山嘉樹〉一五)
  3. 人為的に誘致された一種の睡眠状態。暗示にかけることができる点で、ふつうの睡眠と区別される。〔医語類聚(1872)〕

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「催眠」の意味・わかりやすい解説

催眠
さいみん
hypnosis 英語
Hypnose ドイツ語

催眠法とよばれる手続によって、普段にはみられない特異な心身の諸現象が生起する。ことに意識や運動、記憶、知覚、思考、イメージなどの心理学的活動、脳波や筋電図、胃腸、循環器系、自律神経系などの生理学的な諸活動に変化がみられる。そうした催眠諸現象がおこるのは、その背景として、当人の心身が正常時とは異なる独特の状態にあるためと考えられ、これを催眠状態とよぶ。

 催眠というのは、この催眠状態をさすのが普通だが、その状態のときおこる特有の心身諸現象をいうこともある。催眠状態はトランスtranceともよばれ、睡眠に似ているけれども、詳しく調べると心理的にも生理的にも睡眠とは明確に区別すべきもので、むしろ覚醒(かくせい)時の心身諸現象に似ている。かつては精神的な障害をもつ人にみられるものと考えられていたが、精神病理的なものではなく、だれにでも人為的に生起できる現象とされている。ただ普段にはなかなかみることのできない心と体の動きや仕組みが拡大・強調された形で出現しやすいだけのことである。

[成瀬悟策]

催眠法

催眠を生起させるための技法、すなわち催眠法は一連の暗示系列で構成されており、初めはだれでもが容易に反応する運動暗示を、ついで五官にかかわる知覚暗示、さらには記憶暗示、人格暗示のように、特殊性の高いものへと順に反応させていくうち、自然に催眠状態になっていく。この手続を催眠誘導暗示という。その結果生じた催眠状態はトランスとよばれ、正常覚醒時とは異なる意識の変性がみられ、外界や現実への志向的な心構えが希薄となり、主観的、内的な世界に心が向けられ、想像やイメージの活動が盛んとなり、被暗示性が異常に高まり、催眠者すなわち催眠法を行う人に対する絶対依存的態度が顕著になる。

[成瀬悟策]

歴史

催眠が科学として成立したのは1770年ごろからだが、実際に行われたのはずっと古く、有史以前から、人類の歴史とともにあり、地球上のあらゆる地方の、どんな民族にも親しまれてきたといってよい。その多くは宗教上の儀礼と医療の場、政治・裁判などにおいて行われた。宗教儀礼では僧侶(そうりょ)や司祭により一定の方式で誘導されるか、自ら想念を凝らして忘我恍惚(こうこつ)の境に入り、神や死霊と交信する霊媒やシャーマニズムshamanism関連のものが多い。古代エジプトの眠りの神殿では催眠誘導で治療効果をあげたといわれている。原始的なシャーマニズムの催眠は予言や医療と結び付き、朝鮮の巫覡(ふげき)、日本の巫女(みこ)、ユタなどとして今日にまで及び、シベリアエスキモー、アメリカ先住民、アフリカ諸地方、インドネシアのバリ島など、それぞれのものがいまにみられる。ケルト人の僧侶は呪文(じゅもん)を反復して占者がトランスになったところで、次期に選ばれるべき王を幻視させたり、事件の吉凶を予言させたという。日本にも巫女に、次の左大臣をだれにすべきかを占わせた記録がある。19世紀後半になっても、欧米の法廷では真実を語らせるため、被告を催眠させたといわれる。

 科学的催眠の始まった当初、フランスではF・A・メスメルが、イギリスではブレードJames Braid(1795―1860)が有名であったため、小説などでは催眠のことがメスメリズムとかブレーディズムなどの名称でしばしば登場する。ヒプノティズムhypnotismということばもイギリスでは長い間用いられたが、第二次世界大戦後アメリカの臨床・実験催眠学会The Society of Clinical and Experimental Hypnosisがこれを廃してヒプノシス(催眠)を用いるように決めて以来、国際的に広くそれに従うことになっている。

[成瀬悟策]

研究

催眠は単一現象というよりも、人間の心身活動の非常に微妙な複合現象であるから、多くの碩学(せきがく)たちは、この催眠のある特殊面に着目することで、新しい彼らの方法や理論を発展させていった。感情表現が催眠中には強く行われることから、フロイトカタルシス療法に注目し、精神分析の理論と方法を発展させていった。ジャネが無意識に気づいたのも、サービンTheodore Rey Sarbin(1911―2005)が役割理論という社会心理学の考え方を展開したのも、そのいずれもが催眠研究のなかからであった。催眠の研究は次の三つの相に分けて考えられる。

(1)催眠状態が誘導されるまでに生起する諸現象、ことに被験者の内面的・心理的な変化の過程
(2)その状態になったとき、心理的および身体的にそれがいかなる特性をもつか
(3)およびこの状態、すなわちトランス中の特性を利用すると、正常覚醒時と異なるいかなる現象がみられ、どのようにそれを利用できるか
という問題である。

 これらをさらに大きく分けると、実験的研究と臨床的な研究とがある。知覚や記憶、動作、思考、人格などに関する心理学的研究と、脳波や筋電図、循環器系、自律神経系に関する生理学的研究は前者に属する。臨床的研究としては、まず第一に心理療法(精神療法)があげられる。催眠の特性を利用すると、さまざまな既成の心理療法が、正常覚醒時よりも進めやすくなるからである。カウンセリングまで催眠中に行われるものがある。精神分析も、行動療法も、いずれも催眠中に行われて有効なことが知られている。これらは他者催眠によるものであるが、自己催眠を用いる場合もある。シュルツJohannes Heinrich Schultz(1884―1970)の自律訓練法や成瀬悟策(なるせごさく)(1924―2019)の自己コントロール法はその例である。

[成瀬悟策]

利用

生理学を基礎に置く現代医療においても心理的な条件を無視することができず、むしろますますそれが重視されるようになった。ことに心身相関現象の研究に基礎を置く心療内科学が日本に発足した1963年(昭和38)以来、内科学を中心として心身症といわれる諸症状の治療には他者催眠・自己催眠を含めて、催眠関連治療法がさまざまに行われ、さらに自己催眠の一種である自律訓練法が広く行われるようになっている。痛みの感じは心理的な条件に大きく作用されるため、そのコントロールに古くから催眠が用いられ、抜歯や切削、その他歯科学的な諸処置、無痛分娩(ぶんべん)やつわり、月経、母乳分泌、その他の婦人科学的な諸症状の調整などではその後も引き続き活用されている。さらに1970年ごろより末期癌(がん)患者をはじめ外科手術における催眠無痛hypnotic analgesiaの研究が改めて積極的に行われるようになっている。また1966年以来、脳卒中後遺症や脳性麻痺(まひ)の人における肢体不自由の改善・自由化に催眠が有効なことが日本で独自に注目され、その治療システムが実用化されて国際的にも知られるようになり、韓国、中国、マレーシア、タイ、カンボジア、イランなどアジア、中東の諸国ではこの訓練法が適用されている。

 東京オリンピックに備えてスポーツ選手の「あがり」対策や技術向上のために催眠が用いられ、その成果が発表された1973年の国際学会以来、スウェーデン、ロシア、ブルガリアルーマニアなどで積極的に実用化されてきたが、その成果がソウル・オリンピック以来、日本のスポーツ界に逆輸入され、普及するようになった。催眠中の練習によって、心身の急速で深いトランスに入って後、ただちに覚醒、急速・強力にウォーミングアップしてそのままスタートラインにつくというリラックス・ウォームアップ法relax warm-up methodや、予想される競技場面をあらかじめ心に描いて予演するメンタル・リハーサル法mental rehearsal method、実際に体を動かして練習するのでなく、心のなかでイメージによって練習するメンタル・プラクティス法mental practice method(イメージ学習image learningともいう)などはスポーツ界に限らず広く一般に用いられるようになっている。

 記憶や認知の変容などとして教育の分野でも古くから実験的に研究されてきたが、1966年教育催眠educational hypnosisが提唱され、日本独自の研究・応用が進められるようになった。催眠誘導過程で児童・生徒と教師との間に望ましい人間関係が形成されやすいこと、より深いカウンセリングが可能なこと、自分の置かれた状況を積極的に認知し、対応しやすいことなどがあげられる。また催眠中には記憶や認知、イメージなどの活動が盛んになるので、たとえば物理的な現象を具体的な力学関係で理解したり、分子構造や化学変化の学習などをはじめ、作文、芸術鑑賞、創造活動や創造性開発から体育やスポーツなど諸教科学習に適用して効果のあがることが報告されている。

 忘却していた犯罪場面について、催眠中に真実の記憶が回復して無罪をかちとった有名なケースが発端となって、1970年ごろよりアメリカで司法催眠forensic hypnosisが大きく取り上げられるようになった。検事の立場で用いられてきた従来の催眠が、被告の立場から犯罪の状況や動機の解明に用いられ、イギリスやオーストラリアなど、陪審制度の国々では新しい動きとなっている。

[成瀬悟策]

『成瀬悟策著『催眠』(1960・誠信書房)』『長田一臣著『スポーツと催眠』(1970・道和書院)』『佐々木雄二著『自律訓練法の実際――心身の健康のために』(1976・創元社)』『斎藤稔正著『催眠法の実際』(1987・創元社)』『成瀬悟策著『自己コントロール法』(1988・誠信書房)』『栗山一八著『催眠面接の臨床』(1995・九州大学出版会)』『成瀬悟策著『催眠の科学』(講談社・ブルーバックス)』

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最新 心理学事典 「催眠」の解説

さいみん
催眠
hypnosis

催眠ということばには,「催眠状態」と催眠状態に誘導する「催眠法」の両方の意味が含まれている。定義としては「一定の催眠誘導暗示により人為的に引き起こされた状態であり,被暗示性の亢進およびトランスtranceというふだんと違った特殊な意識性が特徴で,催眠暗示により知覚,生理,認知,感情,思考,記憶,行動などの特異な現象の体験が可能になる心理状態」ということができるが,現在も確定された定義はない。トランスは催眠だけに限らず,ヒステリーや法悦などの状態にも用いられる曖昧なことばで,「一般に受動性が目立ち,会話その他の自発的な意志行動が減退して無意的運動や常同的思考が優勢となり,ラポールrapportやカタレプシーcatalepsyが現われやすくなっているような状態」を指して用いられる。

 催眠現象を起こすための催眠法には,他者を対象とする他者催眠,自分自身を対象とする自己催眠self-hypnosis,集団を対象とする集団催眠group hypnosisがある。催眠誘導は,「導入段階→準備段階→誘導段階→深化段階→催眠段階→解催眠段階(後催眠段階)」という一連の手続きにより行なわれる。このような催眠誘導暗示により,覚醒状態から移行した独特な意識性と注意集中および被暗示性が亢進した催眠状態で与えられた催眠暗示により生起した特殊な諸現象(自動書記・催眠幻覚・催眠健忘・催眠性年齢退行など)が催眠現象である。催眠状態から覚醒させる解催眠は,解催眠暗示により行なう。覚醒後に後催眠反応を生起させる暗示を後催眠暗示という。暗示suggestionは,「他者から与えられたことばや刺激などを無批判に受け入れ,知覚,認知,観念,記憶,思考,動作,信念,態度や行動が引き起こされる現象,またはその反応を起こそうという企てと,そのために用いられる刺激」をいう。暗示に対する反応のしやすさを被暗示性suggestibilityといい,個人差がある。

【催眠の歴史】 古代エジプトのパピルスにも,光る物体を凝視させトランス状態に誘導したという記載があるように,催眠類似現象は古来から宗教などの分野で用いられていた。近代催眠の歴史は,メスメルMesmer,F.A.から始まったといわれている。ウィーンの医師であったメスメルは,動物磁気説animal magnetismという考えに基づく治療法により神経症をはじめさまざまな病気に治療効果を上げた。パリに移ってから,彼の方法は呪術的色彩を帯びていたことなどから,フランス科学アカデミーの委員会は1784年調査を行ない,動物磁気の存在を否定した。彼の理論には誤りがあったが,その業績により今日の暗示やイメージ,ラポールなどが見いだされることになった。その後イギリスの外科医ブレイドBraid,J.はメスメリズムにかえて,『神経催眠学Neurypnology』(1843)の中でhypnotism(催眠)ということばを初めて使用した。フランスのクエCoue,E.は,覚醒自己暗示法を確立した。ドイツのシュルツSchultz,J.H.は,心理生理学的自己催眠法としての自律訓練法を開発した。フロイトFreud,J.は,催眠カタルシス法などの催眠療法から自由連想法を開発し,精神分析療法の基礎を築いた。

 第1次大戦後,心理学研究法の発展の中で催眠に関するさまざまな理論が提唱されてきた。アメリカのハルHull,C.L.は,『催眠と被暗示性Hypnosis and Suggestibility』(1933)の中で被暗示性亢進説を提唱した。さらにイギリスのアイゼンクEysenck,H.J.による被暗示性の三因子説,ソ連のパブロフPavlov,I.P.の部分催眠説,バーバーBarber,T.X.の課題動機づけ,ホワイトWhite,R.の役割理論,ジャネJanet,P.の分離説,ヒルガードHilgard,E.R.の新分離説,成瀬悟策の瞑想性注意集中説などがある。このような催眠研究の発展に伴い,アメリカでは1949年に現在の国際臨床・実験催眠学会,1957年にはアメリカ臨床催眠学会が設立された。日本では,1956年に現在の日本催眠医学心理学会が創設され,1999年に日本臨床催眠学会が結成された。

【臨床催眠clinical hypnosis】 催眠の臨床的機能の主な要因には,①人間関係の要因(催眠関係とよばれる強い情動的な結びつき),②暗示の要因,③催眠性トランスの要因がある。このような心理臨床的機能が見られる催眠の適用領域としては,心理臨床領域はもちろんのこと,内科や歯科・産科・麻酔科・皮膚科などの医療領域や,リハビリテーション・教育・スポーツ・芸術・健康・美容などの領域でも広く用いられている。最近では,解離性同一性障害や心的外傷後ストレス障害,AIDSや癌の痛みなどにも適用されている。

【催眠療法hypnotherapy】 ⑴狭義の催眠療法:「催眠自体」に心理療法的効果があるという考え方。それと催眠という心理状態になっていくプロセスでの体験や催眠状態を体験すること自体に意味があるとする考え方。たとえとしては無痛暗示,症状除去法,持続催眠法,リラクセーション法,症状転移法などがある。⑵広義の催眠療法:「催眠事態」に見られる臨床的な特性や機能を利用する考え方。催眠は心理面接のプロセスで補助的・促進的な役割を果たすもの,すなわちさまざまな立場の面接をより効果的にする「場」を提供するという考え方。精神分析との併用には,催眠分析法,情動強調法,年齢退行などがある。また行動療法との併用には,催眠暗示条件づけ法,眠による系統的脱感作法,曝露法などがある。イメージ現像を取り扱う心理療法であるイメージ療法image therapyとの併用には,イメージ減感作法,メンタル・リハーサル,自己凝視法などがある。

 このように催眠には,すべての心理療法の基礎となる治療要因が内包されているため,ほとんどの心理療法に催眠を併用することが可能である。催眠から発展した心理療法には,精神分析や自律訓練はじめ,成瀬の臨床動作法やイメージ療法,またエリクソンErickson,M.H.の統合的な独自の催眠療法の技法から,家族療法やブリーフセラピー,戦略的心理療法などが生み出されている。

【催眠の倫理】 一般にいわれているような催眠の危険性は,その多くは誤解や偏見に基づくもので,催眠そのものは危険ではない。ただ危険性としては,催眠を用いて面接を行なう人の性格的諸問題,とくに優越・権威・全能・征服感などの欲求や性的欲求が強調されやすいことからくる危険性が予想される。しかし,これは催眠そのものの危険性というよりは,人間関係における一般的な問題で,催眠を用いるその人自身の要因であるといえる。 →自律訓練法 →心理療法 →精神分析療法 →被暗示性
〔田中 新正〕

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改訂新版 世界大百科事典 「催眠」の意味・わかりやすい解説

催眠 (さいみん)
hypnosis

催眠暗示によって特殊な心理・生理的状態をひき起こすこと,およびその状態をいう。欧米語はギリシア語のhypnos(眠り,その擬人化Hypnosは眠りをつかさどる神)に由来する。催眠という言葉が示すように睡眠と同一に考えられやすいが,今日その十分な解明はまだなされていないものの,種々の点で睡眠と異なる。心理的には被暗示性が亢進し,受動的な注意の集中がみられ,暗示によってカタレプシーなど異常な行為が可能となり,感覚閾値(いきち)の変化や特異な記憶,思考が生じる。生理的には睡眠よりもむしろ覚醒時に近いことが脳波や脈搏などを指標にした研究で明らかにされている。いわば〈意志の麻痺した状態〉(フロイト)であり,催眠性トランスと呼ばれる,正常時とは異なった意識状態である。催眠のかかりやすさ(催眠感受性)には個人差があるが,たいがいの人は適切な動機づけによって催眠状態に入る。性差は明らかでないが,成人に比して児童は催眠感受性が高い。

 催眠ないしそれに類した現象はその神秘性から世界各地で,おもに宗教的儀礼や呪術的治療に欠くべからざるものとして,古くから人々の関心をひいてきた。しかし催眠が科学的研究の対象となったのは,18世紀後半のパリにおける一治療法の流行からである。ウィーンの医師メスマーは,種々の病気は動物磁気なる一種の流動体に起因すると考え,身体の動物磁気の分布の歪みを磁気を帯びた物体に触れることで矯正することにより治療しうるとして,パリで多くの患者を集めたのである。治療の際,患者は一種の催眠状態に陥った。この神秘的な治療法の流行に対して,1784年フランス政府は化学者ラボアジエをはじめとする調査委員会を設置し,真相の解明にあたらせたが,委員会は動物磁気説を否定し,何か心理的な原因によるものとの結論を下した。この療法は下火となったものの,催眠研究の端緒となったことは否定しえず,その後長くメスメリズムmesmerismと呼ばれることになった。約半世紀後の1843年,イギリスの外科医ブレードJames Braid(1795-1860)は《神経催眠学Neurypnology》なる本を著し,今日用いられるもろもろの催眠誘導法を発表するとともに,催眠(術)hypnotismなる言葉を初めて用いた。彼は動物磁気説を否定し,当時の骨相学を援用した理論を提唱した。ブレードの理論は今日ではそのままの形で受け入れられるものではないにしても,彼は暗示のもつ重要性に気づいていた。そして,この点をさらに明確に主張したのが,フランスの医師リエボーA.A.LiébaultとベルネームH.Bernheimであった。彼らは催眠が暗示という心理的な要因によってひき起こされるものであり,神秘的な力や物質によるものではないことを明らかにした。しかし,その影響は精神分析など力動的精神医学の誕生の萌芽となったものの,実際には催眠は見世物や興行などの対象となることが多く,心理学や医学,生理学などの各研究領域から実証的・基礎的研究が活発に行われるようになったのは,第1次大戦以後である。一方,日本でも明治から大正時代にかけて民間の同好の士たちにより幾つかの催眠研究会が設立されたり,哲学や心理学,医学の専門家たちの手による研究会が開かれてはいたが,科学的研究の対象としてとり上げられることは少なく,そのような気運が起こったのは第2次大戦以降であった。

 暗示によって姓名など記憶を失ってしまう催眠性健忘や催眠中に暗示された行為を催眠からさめた後に実行し,本人もその理由がわからないといった後催眠行動など,複雑な催眠現象を包括して説明する理論は,現在のところまだ提出されていないが,生理学的な理論として,大脳の制止効果による部分的睡眠説や条件反射の一種とする条件反応説があり,心理学的理論として,設定された目標を達成しようとしたり,暗示によって示される役割を積極的にとろうとする目標努力説,役割説や精神分析学を援用した感情転移説などがある。なお,体の一部を強く圧迫されたり,強制的に拘束された動物が不動状態を呈し,これを動物催眠animal hypnosisと呼ぶこともあるが,人間の催眠とは区別すべきである。
催眠療法 →無意識
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「催眠」の意味・わかりやすい解説

催眠
さいみん
hypnosis

一定の方法で導くことができる特有の心理・生理的状態で,被暗示性が亢進し,特異な意識状態に入る。さまざまの暗示的操作によって,トランスまたは催眠性トランスと呼ばれるこの状態に導くと,感覚,運動,記憶,思考,感情などが覚醒時とは異なったものになる。 F.メスメルが 18世紀末に初めて催眠現象を研究し,治療に用いたが,本格的に研究されるようになったのは 19世紀後半から。適当な技法を用いれば 75~95%の人がトランスに入るが,特に7~14歳の少年は催眠感受性が高い。精神分析を催眠下で行う技法を催眠分析と呼ぶ。これは,催眠によって抑圧をゆるめ,意識下の内容を表出させ,洞察に導くことを目的とする。

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デジタル大辞泉プラス 「催眠」の解説

催眠

日本のテレビドラマ。放映はTBS系列(2000年7月~9月)。全11回。脚本:田子明弘。出演:稲垣吾郎、瀬戸朝香、羽田美智子、藤竜也ほか。ホラー作品。

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普及版 字通 「催眠」の読み・字形・画数・意味

【催眠】さいみん

眠くなる。

字通「催」の項目を見る

出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報

世界大百科事典(旧版)内の催眠の言及

【催眠療法】より

…催眠を用いた治療の総称。治療者が患者に対して行う場合を他者催眠,患者自身で行う場合を自己催眠という。…

【精神分析】より

…以下,フロイトの定義を尊重しながら治療としての精神分析,理論としての精神分析,応用としての精神分析に3大別して解説し,最後にフロイト以後の精神分析の動向を概観することにしたい。
【治療としての精神分析】
 フロイトと一時親交のあった内科医ブロイアーJ.Breuer(1842‐1925)は,神経症の一類型であるヒステリー患者に対して催眠を施したのち,目下の神経症症状にまつわるさまざまな追想を感動を伴って患者に物語らせることによって症状を消失させる精神療法をくふうした。フロイトはこのブロイアー法を追試しているうちにやがて催眠を放棄し,ブロイアーのように特定の主題について追想を促すこともやめ,自由連想法を創始した。…

※「催眠」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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