問題行動,不適応行動,病的行動などといわれるものの発生と持続の姿を学習心理学の立場からとらえ,それらを学習理論にもとづく技法によって適応的に治療改善させようとする心理治療の方法の総称。これは,20世紀初頭から研究報告の上では条件反射療法(技法),学習療法,条件づけ療法(技法),補強療法,オペラント条件づけ技法などと記載されてきたものを包括する。こうした各種の名称はそれが基礎とした学習理論の違いから発している。しかしいずれも行動主義に立脚しているので,それまでの心理療法とは対照的に一括される。行動療法という用語はアメリカのリンズリーO.R.Lindsley,スキナー,ソロモンH.C.Solomonらが精神病者にオペラント条件づけ技法を適用した報告(1953)にはじめて現れた。そして従来の業績を集大成したアイゼンク編著の《行動療法と神経症》(1960)により行動療法なる語が世界的に広まった。
ロシアのベフテレフV.M.Bekhterevが精神医学的方法では治療困難であったヒステリー性聾の1患者を条件反射技法で全治させたとの症例報告(1912)が行動療法の最初である。しかし行動療法的実践の萌芽は,イタールJ.M.G.Itardによる〈アベロンの野生児〉の教育(1799),マコノキーA.Maconochieがノーフォーク島の受刑者に実施したトークン・エコノミーによる教育刑制度(1837),サリバンA.M.Sullivanによるヘレン・ケラーの治療教育(1887)などに認めることができる。このような歴史を経て行動療法は1960年代から勃興したが,その理由として考えられることは,(1)それまでの精神分析を中心とした心理療法モデルで考えられてきた原因的変数は,測定しがたい内的現象であって,客観的操作的研究ができないこと,(2)その心理力動過程をもとにした治療法の臨床成績が不良とのデータが山積したこと,(3)行動理論モデルによって心理治療の方法論に新風が吹きこまれ,治療効果の追跡研究,治療法の比較研究,治療論などの見直しが大きく進んだことなどがあげられる。
行動療法は人間行動の大部分を占める学習性行動に着目する。神経症的不適応行動も学習されたものである。病因の明確度にかかわらず,病的行動もその人の再適応を考えれば変容可能性はある。そこで基本手続としては,まず問題行動の内容を客観的操作的にとらえる。次に過剰な学習性行動としての問題行動を,学習手続によって,適当量まで軽減または消滅させる。学習性行動の不足または欠如についてはその増大または形成をはかることによって治療され適応的となる。その結果は元の問題行動や不安などの情動が形を変えるので不安軽減,抵抗力増強や現実場面への再適応が始まる。やがて患者みずからの内発的意志の発動がうながされ,全人格の再体制化がおこり,治療効果が深化していく。行動療法ではこの内的最終段階は好ましくとも,客観的には二次派生的段階であるから治療操作としてはとり上げない。働きかけの方向は〈人格の外から内へ〉と特徴づけられる。仮説的な無意識層のコンプレクスを外から第三者が心理操作して人格の再体制化がはかれるとみなす〈人格の内から外へ〉の立場とは対照的である。
治療技法は基本的には古典的(レスポンデント)条件づけ法と道具的(オペラント)条件づけ法(条件づけ),社会的学習法などから導きだされてきたものであり,以下のようなものがある。(1)不安が問題行動の持続に大きな役割を演じている不安神経症,対人恐怖症,性的神経症,吃音(きつおん),書痙,不眠症などに有効な系統的脱感作法(逆制止法とか反対条件づけ法ともいう。さらに治療場面で呈示する外傷刺激は現実場面をつかうのと,写真やイメージを利用するやり方がある)。(2)チック症や日常的動作での無意味な固着反復行動(たとえば無意味な瞬目反射やタイプライティングミスなど)に著効を示す負の練習法(または条件性制止法)。(3)当人の意志的制御が効かない強迫的スリ行為やアルコール依存症などに対しては嫌悪療法(または罰療法)。(4)蛇,ゴキブリ,乗物など特定対象のある恐怖症状治療には内破療法(またはフラッディング法)。(5)引っ込み思案や弱気,従属性などの性格特徴から対人関係で悩み神経症状を発展させている人におこなう断行訓練法。(6)衣服着脱とか言語や協応動作を習得させる漸次的接近法(またはシェーピング法)。(7)複数の複雑な社会行動を同時に形成するのに有効なトークン・エコノミー法は精神障害,教育場面ばかりか公害問題にも利用される。(8)モニター機器の助けを借りて血圧,筋緊張,皮膚温,脳波などを自己統制させるバイオフィードバック法は併有疾患への拮抗(きつこう)的副作用が予想され,薬物投与が困難な患者にはとくに有力である。
→行動変容
執筆者:梅津 耕作
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心理療法の一つ。1960年に出版されたH・J・アイゼンク編『行動療法と神経症』によって行動療法の名称が広まった。精神分析のように、神経症の原因に無意識を想定し、そこに潜むコンプレックスの解除によって治療が成り立つという考え方とはまったく異なった療法である。行動療法は行動理論と学習理論に立脚してなされるが、治療の目標は、まず行動の変容である。意識や無意識に働きかけるのではなく、異常行動そのものを治療の対象とする。たとえば、乗り物恐怖症の治療の場合、無意識的な死の願望というようなコンプレックスを想定し、患者にそれを理解させるといったような手続ではなく、乗り物に乗れないという行動そのものを問題とし、実際乗れるように指導していくという手続がとられる。ただし、このような行動そのものの実現のために、イメージなどの意識過程を操作するという手続を利用することもある。
行動療法では、異常行動は素質ではなく後天的に学習されたものであると考える。したがって、学習の原理によって、適切に学習し直すのが治療である。主として条件づけの考え方にたって、さまざまな治療法がくふうされている。
その代表的なものが系統的脱感作法で、主として恐怖や不安を解消するためにくふうされた方法である。たとえば急行電車に乗れないという恐怖症に対して、まず電車に乗ることにかかわる事項についての恐ろしさの程度を調べ、それを恐ろしさの順に並べる。一方で、患者に筋肉弛緩(しかん)を主とした弛緩法を訓練して、弛緩している状態にさせ、そこで一番不安のない刺激をイメージしてもらう。そして、その刺激をイメージしても十分弛緩していられる状態になったら、順序に従って次の刺激に移り、同じ手続を繰り返し、電車に乗る場面まで移行していき、そのイメージを描いても十分弛緩していられるようにしていく方法である。それとは逆の技法がフラッディング法で、患者を最初からもっとも恐ろしい、あるいは好まない刺激にさらして、逃避できない状態におき、これを繰り返す。条件性制止療法は、チック症などに適用される療法で、一定時間積極的に目をパチパチさせ、その後、一定時間休憩させる。このセットを繰り返し訓練する。嫌悪療法は、不適切な行動が生じたときに、不快な刺激を与える方法であり、不快な刺激として電気ショックや化学的物質を投与することもある。オペラント条件づけ法は、嫌悪療法とは逆に、好ましい行動を促進する方法で、原理的には、好ましい行動が生じたならば、ほめたり、ほしいものを与えたり、したいことをさせたりする療法である。以上がよく知られた方法であるが、そのほかに、自分で自分の行動をコントロールするセルフコントロール法や、行動だけでなくイメージを用いる認知的行動療法という意識も取り入れた療法が開発されている。
[春木 豊]
『坂野雄二著『認知行動療法』(1995・日本評論社)』▽『宮下照子・免田賢著『新行動療法入門』(2007・ナカニシヤ出版)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…行動変容(または行動修正)と行動療法とは同義的または互換的に使用され,いまだ明確な統一見解はない。そのいずれの用語をとるかは,行動療法の基礎理論としてレスポンデント条件づけ法を重視するかオペラント条件づけ法(条件づけ)を重視するか,変容の対象行動が神経症以上の不適応行動か一般的人間行動か,臨床心理学的実践を先発の医学との関係でどうとらえるか,あるいは基礎理論が学習理論だけかそれに限らず実験心理学から広義の行動科学のものまで広げるかなどの違いによることが多く,しかもそれらが錯綜して無自覚的に使用されている。…
…第3には,それによって新しい適応した行動を身につけること(自己実現,行動変容)である。一般に,危機や新しい不安に対しては,受容的態度で患者の自己表現をはかり,洞察をまつが,慢性化した行動や態度の異常に対しては学習や訓練の側面が中心となる(行動療法,森田療法)。治療者との人間関係に重点をおくもの(精神分析,カウンセリング)から特殊な状況のなかでの変容を期待するもの(森田療法,内観療法)等,また,理論や利用する手段に従ってさまざまな分類がある。…
※「行動療法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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