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光栄ある孤立 こうえいあるこりつSplendid Isolation

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

光栄ある孤立
こうえいあるこりつ
Splendid Isolation

「光輝ある孤立」とも訳される。 19世紀末期ヨーロッパ諸国勢力均衡に乗じてイギリスが保っていた孤立政策のこと。主としてソールズベリー (侯) によってとられた外交政策で,イギリスは三国同盟露仏同盟の均衡と強大な海軍力への自信から,ヨーロッパ諸国と同盟協商を結ばず,超然たる態度をとっていた。しかしアジア,アフリカでの国際的緊張の激化に伴い,1902年の日英同盟によって,この孤立政策を放棄した。

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デジタル大辞泉の解説

光栄(こうえい)ある孤立(こりつ)

19世紀に英国がとった、諸国との同盟を避け、もっぱら大英帝国建設に努力を集中するという外交政策をさす言葉。強大な工業力と海軍力が背景にあった。栄光ある孤立

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世界大百科事典 第2版の解説

こうえいあるこりつ【光栄ある孤立 Splendid Isolation】

19世紀のイギリスが,その経済力と海軍力を背景にしてとった対ヨーロッパ大陸政策。ウィーン会議(1815)後のイギリスは,〈イギリスの平和Pax Britannica〉を維持するため,大陸諸国間に勢力を均衡させ,自らは大陸の事態から超然として貿易拡大と海外進出に専念した。この孤立政策は,ビスマルクの創出したドイツ,オーストリア,イタリアの三国同盟(1882)とこれに対立する露仏同盟(1891)とが均衡している間は,イギリスの国益に奉仕した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

光栄ある孤立
こうえいあるこりつ
Splendid Isolation

19世紀末のヨーロッパ大陸における三国同盟とロシア・フランス同盟との対立から超然とした立場をとるイギリスの非同盟外交政策をさす。このことばは、初め1896年のカナダ自治領議会での討議で使われて以後、本国の保守党政治家たちから好んで用いられた。それは、イギリスの優越する経済力や海軍力、さらには世界に広がる帝国の固い紐帯(ちゅうたい)に支えられた伝統的政策であり、「いかなる状況にも対応できる行動の自由」を確保するための選択であると論じられた。しかし、20世紀に入り、列強の対立激化とともに、孤立の危険が叫ばれ、ついに1902年の日英同盟、さらに04年のイギリス・フランス協商の締結によって、この政策は放棄された。[石井摩耶子]

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世界大百科事典内の光栄ある孤立の言及

【三国協商】より

…ドイツ,オーストリア・ハンガリーとイタリアの三国同盟に対抗する内容をもち,フランスは孤立から脱出した。一方,イギリスは〈光栄ある孤立〉を伝統としてきたが,19世紀末には世界各地への列強の進出に直面したうえ,ドイツの三B政策や艦隊拡張計画に遭遇して政策転換をせまられた。1902年,イギリスは極東でのロシアの南下に備えて日本と同盟(日英同盟)に入り,フランスにも接近を試みた。…

※「光栄ある孤立」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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