公共経済学(読み)コウキョウケイザイガク(英語表記)public economics

デジタル大辞泉 「公共経済学」の意味・読み・例文・類語

こうきょう‐けいざいがく【公共経済学】

市場機構では解決困難ないしは解決不可能な公共的経済問題、例えば、公共財の供給、環境汚染、都市・交通・医療問題などを研究対象とし、非市場的解決を主題とする経済学の新しい一分野。

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改訂新版 世界大百科事典 「公共経済学」の意味・わかりやすい解説

公共経済学 (こうきょうけいざいがく)
public economics

民主的政治体制私有財産制に基づく自由競争市場を基本とする経済社会における公共部門の果たす役割を研究対象とする学問。公共経済学という呼称の使用は比較的新しく,ノルウェーのヨハンセンLeif Johansenが1964年に著した《offentling Økonomikk》が翌年《Public Economics》として英訳されたのが,この言葉が広く用いられるようになった嚆矢(こうし)であろう。72年に同名を冠した学会誌《Journal of Public Economics》が発刊されるに至り,この呼称が学会に定着した。新名称の誕生は,近年,基本的には私有財産制と自由競争市場を軸として国民経済を運営するいずれの国々においても,共有財産と非市場手段によって運営される公共部門が急速に拡大してきた事実と,近代経済学の発達がその分析手法を非市場経済へも応用させることを可能とした事実とを反映したものといえよう。確かに,古くから公共部門を研究の対象としてきた学問に〈財政学public finance〉がある。しかし財政学は,伝統的に公共部門全体というよりも,与えられた予算を賄うための税制の記述と分析が中心であったことから,その学問の守備範囲が一般に狭く固定化されて理解され,近年急速に発展した財政理論の近代理論経済学的手法による再編成と,税制はもとより,それ以外の公共部門も広く研究の対象とした大幅な学問分野の拡大とを代表するには適切でなかった。このことも,公共経済学が,新分野の名称として財政学に代わって広く受け入れられた理由であろう。

 以上の経緯から推察されるように,公共経済学の第1の特徴は研究対象の範囲が広いことである。事実,その研究対象は完全に競争的な市場によっては資源配分が効率的に行われない場合,すなわちいわゆる〈市場の失敗〉の場合のすべて,また所得再分配を伴う制度,政策のすべてといってよいほどである。具体的には,(1)税制,(2)財政政策,(3)公共支出計画,(4)公共財(司法,国防,一般行政をはじめ,保健・衛生,教育,交通,負の公共財としての公害,混雑等を含む)の管理,(5)政府の支出と収入に伴う所得再分配,(6)公営企業の管理,(7)公共企業の規制(公共料金制度を含む),(8)公的年金,医療制度等の社会保障制度,(9)国と地方自治体間の財政調整,(10)地方自治体相互間,あるいは国家相互間の税制調整,(11)社会の構成員個々の意志を総合した集団としての意志を判定する公共選択手段等である。

 公共経済学の第2の特徴は,研究対象は多岐にわたるが,その研究手法は近代経済学的分析手法が一貫して用いられることである。近代経済学的手法とは,企業なり消費者なりの経済行為の主体者は,平均的には合目的行為者であると仮定し,彼らが現実に存在する所得,価格,法制度等各種制約のもとで行動する場合の結果を演繹(えんえき)的に導出し,得られた推論の妥当性を計量経済学的に検定する方法である。検定結果が推論と矛盾しないことが確認できれば,その推論の体系を用いて,与えられた制約条件を政策的にいかに改変すれば,社会にとって望ましい方向へ経済および人々の行動を導くことができるかの提言をする。ここで社会にとって望ましい方向の判定は厚生経済学の教えるところによる。したがって公共経済学は,機能的には市場経済で解決しえない社会の問題の所在,その性質,原因を明らかにし,それらの問題を解決する手段(政策)を提示することを究極の目的とする学問であるといえる。

 公共経済学の最近の成果としては,たとえば,理論面では税の転嫁の一般均衡理論的分析,公企業のための投資,価格政策ルールの導出,公共財の理論,最適課税論,公共選択論,実証面では税の転嫁理論の検証,租税誘因の有効性の調査,政府予算の所得再分配効果の測定等がある。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「公共経済学」の意味・わかりやすい解説

公共経済学
こうきょうけいざいがく
public economics

主として財政学を母体とし、厚生経済学の成果を援用することによって、市場部門では解決困難ないし解決不可能な現代の複雑で大きな諸問題を研究対象とする学問。伝統的な財政学が租税論を中心に主として収入面を扱ったのに対して、公共経済学の問題領域ははるかに拡大されており、収入面のみならず支出面にも十分に注意を払い、公共的選択の理論とよばれる諸個人の異なる選好から出発して社会全体の合理的な選択をするにはどうしたらよいかというような問題領域をも包含している。

 公共経済学ということばが使用されるようになったのは比較的最近のことであり、1959年に出版されたR・A・マスグレイブマスグレーブ)の名著『財政理論』The Theory of Public Financeで用いられたのが最初であろう。同書は伝統的な財政学の問題領域を大幅に拡大したものであるが、マスグレイブはその序文で、書名The Theory of Public Economyとしたほうがよかったかもしれないと述べている。その後、絶対的にはもちろん相対的にもますます多くの仕事が公共部門の手にゆだねられるようになったこと、また、近代経済学の分析手法が発達し、それを取り入れて分析が進められるようになったことなどにより、1970年代になって公共経済学は本格的な発展をみることとなった。

 公共経済学の扱う対象は、資源の配分、所得や富の再分配、経済の安定化という三つの分野に大きく分けられる。第一の資源配分の分野は、もっとも古くから財政の機能として考えられてきた分野であるが、最近では公共財の理論として、いかなる財・サービスを公共部門で供給すべきかが問題として設定されている。また、この分野では、公共財の直接的供給のみならず、公害、環境破壊、都市問題、交通、医療、教育、社会保障、公共料金問題なども同時に扱われ、いわゆる準公共財の問題として、民間部門に供給責任はゆだねながらも公共部門がどこまで介入すべきかが検討される。第二の所得や富の再分配は、いわゆる福祉国家においてはますます重要視される傾向がある。租税による再分配に加えて、社会保障の給付金をはじめとする移転支出の割合が急速に上昇しているが、どの程度の再分配が望ましく、またいかなる形での再分配をすべきかは、公共経済学の大きな問題領域である。第三は、経済安定化の分野である。スタグフレーションの悪化が先進諸国の共通の現象となり、ケインズ流のフィスカル・ポリシーの魅力も色あせてきてはいるが、経済安定化の必要性自体はすこしも減少していない。社会や経済の構造的変化に対応した経済安定化の方法を探ることは、公共経済学にとって今後とも重要な課題である。

[林 正寿]

『R・A・マスグレイブ著、大阪大学財政研究会訳『財政理論』全3冊(1961・有斐閣)』『C・V・ブラウン、P・M・ジャクソン著、大川政三・佐藤博監訳『公共部門の経済学』(1982・マグロウヒル好学社)』『岡野行秀・根岸隆編『公共経済学』(1973・有斐閣)』

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百科事典マイペディア 「公共経済学」の意味・わかりやすい解説

公共経済学【こうきょうけいざいがく】

自由競争市場を基本とする経済社会において,公共部門の果たす役割を研究対象とする学問。市場の失敗を前提とし,政策的にどのような解決方法があるか分析することを主な目的とする。公害などの外部性の問題や公共財の問題,医療,年金,社会保障などが主な課題。財政学が政府の収入面を強調するのに対して,公共経済学では支出面を分析する。

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世界大百科事典(旧版)内の公共経済学の言及

【財政学】より

…財政の長期的側面では,1950年代後半にあらわれた新古典派成長理論は,資本と労働の代替を技術的に認めることにより,資本の完全利用と労働の完全雇用が保証されるとしたため,財政の強力な役割は想定されていない。
【財政学から公共経済学へ】
 1973年の第1次石油危機と79年の第2次石油危機により世界経済はスタグフレーション(インフレと不況の同時進行)に直面し,それに対する有効な解決策を提示できなかった。このため新古典派経済学と財政学の権威は失墜した。…

※「公共経済学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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