財政学(読み)ザイセイガク(その他表記)public finance

翻訳|public finance

デジタル大辞泉 「財政学」の意味・読み・例文・類語

ざいせい‐がく【財政学】

財政の理論および政策を研究する学問。

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精選版 日本国語大辞典 「財政学」の意味・読み・例文・類語

ざいせい‐がく【財政学】

  1. 〘 名詞 〙 国家および地方公共団体の経済活動に関する原理や政策を研究する学問。〔文官試験規則(明治二六年)(1893)〕

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改訂新版 世界大百科事典 「財政学」の意味・わかりやすい解説

財政学 (ざいせいがく)
public finance

古くから財政学は国庫に関する学問とされている。英語のpublic finance,フランス語のfinances publiquesはともに直訳すれば〈公共資金調達〉の学問である。日本でも,明治以来,財政学とは国家・公共団体の貨幣収支を研究対象とする社会科学の一分野とみなされている。日本の財政学の発展をみると,ドイツ財政学,イギリス・アメリカ財政学,マルクス財政学の影響が認められる。

16世紀から18世紀にいたる重商主義の特殊的・ドイツ的形態といわれる官房学の伝統を引き継いで,19世紀末から20世紀初頭にかけて,A.H.G.ワーグナーL.vonシュタイン,シェフレAlbert Eberhard Friedrich Schäffle(1831-1904),ディーツェルCarl August Dietzel(1829-84)といった学者の登場とともにドイツ財政学は黄金時代を迎えた。その特徴はつぎのように要約できよう。(1)一般に国家とは強制共同経済の最高形態としての倫理的共同体であるとする有機体的国家観に立っている,(2)国家経費についてはその生産性を主張し,国家活動とは有形の財を無形の財(国防,司法,とくに社会政策活動)に転換する一大生産活動であると説く,(3)租税についても社会政策的租税を提唱し,高所得層には累進税率を課し,不労所得,奢侈(しやし)的消費,投機利潤などに重税を課し,最低生活費の免税,勤労所得の軽課を主張する,(4)公債もまた国家による資本蓄積の手段として重視され,その生産的役割を力説することにより,A.スミス,D.リカードの古典派財政思想とするどく対立した。

 彼らの財政学は社会政策的または正統派財政学とも呼ばれ,日本のみならずイギリス,アメリカをはじめ各国の財政学に多大の影響を与えた。彼らの国家至上主義的立場はその後多くの批判を受けた。第2次大戦後はナチス・ドイツの敗戦などのためその権威を喪失するとともに急激に凋落し,代わってイギリス・アメリカ財政学が新たな主流として登場した。

18世紀末から19世紀にかけて,スミスを始祖とするイギリス古典派経済学が成立したが,その中核にはスミスの自由主義哲学がある。古典派の財政学にはつぎのような特徴がある。(1)国家は経済的に非効率であるから,営利活動は民間にまかせ,資産をもたない代りに徴税により資金調達するという無産国家すなわち租税国家を主張する,(2)国家経費は官吏や兵士のような不生産的労働の維持に用いられるから純然たる消費である。そこで経費はできるだけ縮小さるべきであり,同時に税負担をできるだけ軽くするためにも緊縮予算を編成すべきであるとする,(3)いかなる租税も民間の所得,ひいては資本を蚕食しないものはないので,民間活動をできるだけ阻害しないような税種を選ぶ必要があるという課税の中立性を主張する。また資本蓄積を阻害する利潤税に反対し,ぜいたく品に対する消費税を推賞して,貯蓄そして資本蓄積を促進する消費税中心主義を主張する,(4)公債は資本の浪費であるばかりでなく,将来に利子負担を残すから,公債発行はできるだけ避けるべきである。やむなく発行するときは生産的=収益的公共投資に限定する。また減債基金の積立てによる元本の償還を促進する。すなわち公債不発行主義,したがってまた均衡予算主義を主張する。スミスからリカードを経てJ.S.ミルにいたると,自由主義財政思想にもかなりの変化がみられ,経費の生産性を限定づきながら認めたり,ある程度の累進税も認めるようになった。

1930年代に資本主義諸国全般を襲った大不況は,大量失業と企業倒産をもたらすとともに,各国とも赤字予算を余儀なくされた。これにより古典派経済学と財政学の権威は失墜した。36年に公刊されたJ.M.ケインズの《雇用・利子および貨幣の一般理論》では,資本主義経済の顕著な欠陥は完全雇用を実現できないことにあるとされ,この欠陥を是正するため財政政策の一環としての公共投資に究極的な役割が期待された。ケインズ理論の上に立つ新しい財政政策の理論は,フィスカル・ポリシーの理論と呼ばれ,それは資本主義経済の不安定な循環的変動を調整するため,財政収支を平衡化要因として利用する政策を指している。

 ケインズ的財政論としてのフィスカル・ポリシーの理論の特質は,古典派財政学と対比してみると明白に浮かびでてくる。フィスカル・ポリシーの理論では,(1)〈安あがりの予算が最良の予算である〉という古典派の緊縮予算主義は否定され,予算規模は発生したデフレ・ギャップの大きさに対応して決めらるべきだとする,(2)つねに均衡予算を堅持するのではなく,景気の循環に対応して赤字または黒字予算を組むという景気調整的財政活動が要請される,(3)古典派のようにつねに消費税優先を説くのではなく,不況期には消費よりも貯蓄課税を優先することが不況克服に役立つとする,(4)公債は必ずしも資本の浪費ではなく,不況期には公債発行による経費の増加は乗数効果を通じて資本蓄積に役立つとした。フィスカル・ポリシーの理論は,アメリカでA.H.ハンセンA.P.ラーナーにより体系化された。この理論は短期的な安定政策を主要課題としていたが,R.F.ハロッドがケインズ理論の長期動態化を図るとともに,新たに財政政策の長期的目標が問題とされた。ここでは長期的にインフレないしデフレをともなうことなく資本と労働の完全利用と完全雇用を維持するためには,いかなる財政手段を通じて成長率をコントロールするかが問われた。

1960年代の後半になると,P.A.サミュエルソンがケインズ派のマクロ経済学の理論によって完全雇用が実現されたならば,古典派のミクロ経済学の理論は完全雇用経済では現実的妥当性をもつ有効な理論であるとし,ケインズ理論と古典派理論を総合した新古典派総合の経済学を主張した。財政学の分野では,マスグレーブRichard Abel Musgrave(1910- )が《財政理論》(1959)でこの立場を主張した。彼は財政の機能を三つに分け,予算の総合理論を定式化した。財政の第1の機能は,A.スミス以来の財政の古典的機能である公共目的への資源配分という役割である。国防,司法,公共土木事業といった公共目的への資源配分(公共財・サービスの提供)については市場の価格機構は働かず,これを公共部門にゆだねることにより〈法と秩序の適当な枠組み〉をつくらねばならない。現代では義務(無料)教育,低家賃公共住宅のような価値欲求の充足も重要となる。財政の第2の機能は所得と富の分配の調整である。この機能は財政の社会政策的機能であり,A.H.G.ワーグナーによりその重要性が強調されていた。第2次大戦後における社会保障制度の国際的普及や所得税,財産税,相続税の累進税率の高度化により,この機能の重要性が一般にも認められた。財政の第3の機能は経済の安定・成長を達成し維持するよう調整するということである。これはフィスカル・ポリシーの理論の説くとおりであるが,加えて財政収支それ自体が経済変動を自動的に安定化するというビルトイン・スタビライザー(景気の自動安定化装置)が新概念として学界に認められた。財政の長期的側面では,1950年代後半にあらわれた新古典派成長理論は,資本と労働の代替を技術的に認めることにより,資本の完全利用と労働の完全雇用が保証されるとしたため,財政の強力な役割は想定されていない。

1973年の第1次石油危機と79年の第2次石油危機により世界経済はスタグフレーション(インフレと不況の同時進行)に直面し,それに対する有効な解決策を提示できなかった。このため新古典派経済学と財政学の権威は失墜した。同時に従来の財政学に代わって公共経済学(または公共部門の経済学)と呼ばれる新分野が登場した。公共経済学の定義は確定していないが,狭義には〈公共財の経済学〉とされ,最も広義では〈市場機構を通じない資源配分問題を対象とする非市場経済学〉ともいわれている。公共経済学の特徴を挙げると,(1)ドイツ財政学もイギリス財政学も政府支出面の公共財を扱うよりも,租税や公債といった資金調達をもっぱら論じてきたが,公共経済学は社会保障支出,公害対策費の重要性の高まりを認めて,このアンバランスを是正しようとする,(2)従来の財政学では各種の政府支出や租税が民間の経済活動にどのような影響を及ぼすかという問題が分析の中心となっていたが,そのような財政政策の決定プロセスについてはほとんど関心を払うことがなかった。しかし,公共経済学では民主主義的な政策決定のプロセスが真正面から取り上げられる。この点で〈公共選択論〉という新分野は公共経済学の中核を形成しつつある,(3)従来の経済学では政治体制が独裁制か民主制かを問わないが,公共経済学の場合は〈議会制民主主義国家における〉という限定詞がつけられる。そこでは官僚制や各種利益団体の演ずる役割も分析の対象とされる,(4)公共経済学が形成されるとき〈財政学を父とし厚生経済学を母とする〉といわれたように,〈市場の失敗〉を含む各種の問題解決に当たり規範分析としての厚生経済学の貢献を評価しようとする。近年では,ブキャナンJames M.Buchanan(1919- )をはじめとする公共選択学派の人々が,公共経済学の発展に大きく貢献してきている。
執筆者:

財政論にとって最大の難問は,財政が国および地方公共団体の経済活動であると同時に,その政策の決定と執行が政治そのものであるという財政のいわば二重の性格を,どのような方法をもってすれば統一的に把握しうるか,という問題である。この問題への接近の可能性を独自の視角から示唆したのがK.マルクスであり,その社会認識の方法に依拠して一つの財政論の流れが形成されてきた。財政学の歴史において,財政を政治と経済の複合現象として理解しようとした試みは,すでに古典派,ことにA.スミスの政治経済学に見いだすことができる。このことは,彼の《国富論》における財政論の位置づけとその内容,他の著作における彼の統治論を検討すれば,直ちに明らかである。マルクスは,この古典派の政治経済学体系の批判的検討を通じて独自の社会認識の方法と経済理論を提起した。

 周知のようにマルクスは,資本制経済が,不均衡の不断の累積とその必然的結果としての恐慌の発生,そしてその循環の過程であることを鋭く明確に指摘した最初の人である。他方で彼は,下部構造と上部構造の関係,さらに階級闘争の理論を骨子とする国家論を構想し,国家が幻想上の普遍的利害を標榜(ひようぼう)して個別利害に制御と干渉を加え,体制の維持を図っていくことを見通した。ここにマルクス独自の,政治と経済を一貫した国家の役割把握の視角をみることができる。マルクスの死後,資本制経済はしだいにその不均衡累積の度合を強め,やがて1929年の世界大恐慌の発生をみるに至り,金本位制の廃棄と管理通貨制度の導入を契機として,国家の経済過程への介入はいっそう強められた。マルクス主義の運動は,こうした状況の変化に理論的にも実践的にも対応しきれず,事実上破綻(はたん)した。

 だが,これによってマルクスの社会認識の方法までが無力となったのではない。M.ウェーバーの支配の社会学やその他数多くの研究成果をも摂取することを通じて,ここに一つの財政論の可能性が開かれ,これを受けてさまざまな研究が積み重ねられてきた。その主要な問題意識は,次のように要約することができる。

第1に,財政分析を通ずる国家論への貢献があげられよう。財政論の歴史的視野には,古代専制国家以来のすべての国家としての政治団体がおさめられる。国家が存在するところではどこでも,財政が営まれるからである。その財政の分析は,当該社会の生産様式が政治的支配のあり方をいかに規定していたかを明らかにするのみではない。政治権力はその財政を維持する必要から計画と強制によって一定の地域と民衆を把握しようと図ってきたのだが,そうであればこそ,財政の分析は,その国家における支配の構造や機能の解明に大きく貢献することになる。近代国家成立の過程を財政面から分析することも,これに先立つさまざまな類型の国家とは異なるその支配の特質--それはまた近代財政の骨格をなす--を知るうえで不可欠である。このように歴史的国家論には財政史の研究が重要な意味をもっているが,現代国家の役割分析にも同じことがあてはまる。現代の国家による計画と管理が,多くの場合,財政上の諸手段によるものであることは,あらためて詳論するまでもない。

第2に,近代国家における財政の変化や発展として知られる諸事象は,同じ資本制という経済体制のもとでの,支配的な資本の交代とこれにともなう蓄積様式の変化に負うところが大きい。このような発展としては,初期における商人資本の支配から産業資本の支配確立へ,さらに,株式会社制度の普及と資本の集中・集積にもとづく金融資本支配への移行をあげることができるし,また,国家介入との関連からすれば,先に指摘した管理通貨制度の導入もこれに加えてよいだろう。課税体系の中心が収益課税から所得課税に推移したこと,公信用制度が確立し,政府は多額の資金の借手と同時に貸手にもなったこと,政府支出の水準がまずは軍事費,ついで社会保障等の移転支出の増加を主因として上昇してきたこと,フィスカル・ポリシーの登場等々の変化は,いずれもこうした資本制経済の発展との関連において把握すべきものであり,このことをふまえて,各国での,そして個々の財政制度の役割や仕組みが分析されることになる。

第3に,現代の財政は,近代以前の諸国家のように支配の専従機構の維持のみを主たる任務とするものではない。財政活動自体が,支配の正当性を確保し,国民を統合して一定の目標達成へと導くためのものとなっている。この財政を通ずる支配と被支配の関係は,政策決定の主体と客体の関係としてあらわれ,原則としては,そのそれぞれの行動は法によって律せられると同時に,国民の間での主体と客体の役割分担は代議制と民主制のルールによって定まる。こうした主体と客体の構成のもとでの財政政策の決定と執行においては,多様な差異をもった諸集団の経済的のみならず政治的・社会的な個別利害が角逐し,これを統合すべく種々の政策象徴の操作をともなって貨幣が流通する。しかも,今日のように財政制度が複雑化し,その運営に関する情報と技術的知識が政策決定主体によって独占されるようになると,主体と客体の関係は非対称性を強め,政策決定における客体の受動化と固定化が顕著となる。財政政策の決定と執行の分析は,それゆえ,これを社会的諸過程の一環として把握することを必要としている。

 財政論は,したがって,財政の経済的側面だけを明らかにすれば足りるとすることはできない。また,財政上の意思決定を,新古典派以来の市場交換モデルにもとづいて個人の合理的な意思決定として説明することは,個人を超える権威主義的な意思の働きを拒否するという価値意識としては理解しえても,これによって現に行われている集合的意思決定の根拠やその作用を見極めることはむずかしい。財政論の対象は,〈ビヒモス〉と形容されることさえある国家の活動なのである。
執筆者:

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「財政学」の意味・わかりやすい解説

財政学
ざいせいがく
science of public finance

国や地方公共団体の経済活動を研究対象とする社会科学の一部門である。国や地方公共団体は民間経済の外側にあって、強制力をもって政策を施行し、民間経済はその政策に対して自分に有利なように調整するという関係がある。財政学は財政のこの性格を反映して二つの側面をもっている。一つは、外側の政策主体の政策に対応して民間経済がどのような反応を示すかを研究対象とする。たとえば、国家が新たに消費税を賦課した場合に、課税対象の商品の生産量や消費量はどれほど変化し、その結果この商品の価格はどれほど上昇するかというような研究である。こうした研究は応用経済学としての財政研究ということができる。もう一つは、民間経済の外側にある政策主体の政策決定プロセスの研究である。財政政策を実行する主体は公権力である。しかし、とりわけ民主主義の制度のもとでは、公権力は国民の政治家選出の選挙、国会における意思決定のための投票等の政治過程を通じて形成される。そこで国民およびその代表者が政治決定の過程でどのような決定ルール(たとえば単純多数決)を用いるのか、その決定ルールのもとではどのような予算が採択されそうであるか、を研究する必要がある。こうした政治的意思決定過程も財政学は取り上げなければならない。

[宇田川璋仁]

財政学の形成

18世紀、経済学の創生期のA・スミスやD・リカードらのいわゆる古典派経済学者たちは、彼らの著作の最後の編として国家あるいは元首の役割を取り上げた。しかし、その論じ方も、客観的に国家や元首の政策が国民経済にいかなる影響を与えるかということではなく、彼らの主張である自由主義の立場から、最小限不可欠な財政支出はどのようなものか、またこれをまかなうために国民経済の蓄積力をもっとも傷つけない税制はどのようなものかを主張する政策論であった。

 このような実証理論と政策論の未分化は、近代経済学の祖であるA・マーシャルによって整理され、経済理論の道具で財政収支が国民経済にいかなる影響を与えるかが厳密に論じられるようになった。この時代における経済理論の需要・供給の分析の進歩は、租税と政府からの補助金の影響とりわけ転嫁および効果の分析のためのかっこうの武器となったので、財政の経済分析といえば租税転嫁などの経済的効果論をさすほどにまで流行した。

[宇田川璋仁]

ケインズ革命の影響

1930年代に入ると世界恐慌が発生し、それに伴って経済学の分析手法にも新しい動きが生じた。1936年にはケインズの『雇用・利子および貨幣の一般理論』が出版され、ケインズ革命が経済学を席巻(せっけん)した。ケインズ革命は財政学にもきわめて大きな影響を与えた。ケインズ経済学のねらいは、なぜ資本主義のもとでは失業が均衡状態においても残存するのかを検討し、失業の状態から民間経済は自力で脱出できる道はなく、財政・金融政策、とりわけ財政政策に頼るよりほかに方法がないということを、単純で明快なマクロ・モデルのうえで強調するものであった。

 ケインズ革命はすべての経済学者のみならず、資本主義国の多くの政治家の政策思想も変えた。財政政策をこのように強調するケインズ経済学は、財政学にとっては最大の福音(ふくいん)であった。1930年代の不況克服、そして第二次世界大戦後の財政運営に対して、ケインズの考えは処方箋(しょほうせん)を提供するものであったとともに、経済学者や財政学者はケインズのマクロ・モデルのうえに新たな追加を行った。財政収支が国民所得水準や雇用水準にいかなる効果をもつかということの分析が、マーシャルの時代の租税転嫁論と同様に、戦後の応用経済学としての財政学の中心課題となった。

[宇田川璋仁]

現代の財政学

1950年代に入ると、応用経済学としての財政学は、復興してきた伝統的なミクロ経済学の手法で分析されてきた租税の経済分析、マクロのケインズ経済学に基礎を置く経済安定のための財政政策論(ケインズは、この目的のための財政政策を特別にフィスカル・ポリシーとよんだ)、そしてどのような財政政策が消費者にとって望ましいかという近代経済学の政策論のそれぞれにおいて独立に展開し、総合への思考を欠いていたので、改めて応用経済学としての財政学を体系化する必要が生じた。この任務を果たしたのがR・A・マスグレイブ(マスグレーブ)の『財政理論』(1959)であった。

 マスグレイブの体系化の仕方は、本質的には規範的ないし政策論的であった。彼は現代国家の財政任務は三つあると先験的に想定した。第一の任務は、完全雇用を達成し維持することである。換言すれば、政府は安定政策を実行しなければならないということである。第二の任務は、その時々の社会が倫理的に「正義」とみる所得分配を達成するために再分配政策を実行しなければならないということである。第三の任務は、国民の選好に応じた公共財を提供しなければならないということである。マスグレイブの所説の重要なポイントの一つは、現代の政府はこの三つの財政任務について独立に最適な政策を実施しなければならないということであった。三つの側面で完全に望ましい財政政策を実行しえたとき、その財政政策の全体の姿が最適財政政策といえると主張した。マスグレイブの所説の第二のポイントは、財政学はこうしてみると、単に国庫への貨幣の出し入れを対象とするだけでは不十分だということである。財政は、民間経済と公共部門への資源の配分、民間部門の所得の適正分配、そして民間部門の完全雇用に深く関係しなければならないから、財政学の任務は国家による貨幣の移動よりも、その背後にある公私の資源配分、資源の個人間への分配という側面を直接に対象としなければならない。財政ということばのもっている貨幣的イメージは捨てられなければならない、ということであった。これが今日、財政学から、より広い範囲をもつ公共経済学への志向が生ずるに至った契機となった。マスグレイブの財政論は、以上の三つの財政政策の理想の姿を描くために、今日まで開発されてきたミクロとマクロの経済理論を駆使している。その意味で、応用経済学としての財政学の集大成としてこれを位置づけることができる。

 マスグレイブの体系以後は、政府を最適財政の遂行者と観念的にみるよりも、民主主義の下では政府は国民の政治選択で形成されるものであり、当然財政政策は国民の選好を反映するという事実を強調する考えが支配的になった。したがって、財政は政治過程の一分野であり、財政の分野である政治決定がなぜ行われたのか研究する、いわば政治経済学を展開しようという動きが活発である。新しい流れは狭義の財政学もそのなかに組み込もうとしている。財政の基にあるデモクラシー政治の特色を強調する現在のアプローチには三つの流派がある。第一の流派は、デモクラシーの特色は政府の国民投票による選択にあるとする。投票の特質を解明したブラックDuncan Black(1908―1991)の「中央値投票者定理」を正面に据え、財政政策の選択においても、投票者選好の分布のなかで、中央値に位置する個人(グループ)によって最良と評価された政策が採用されるという命題から、財政のすべての作用を解明しようとする。J・ブキャナンおよびタロックGordon Tullock(1922―2014)が開発・発展させた公共選択の理論を唱える公共選択学派がこれである。第二の流派は、現代デモクラシー政治の著しい特徴は行政官僚の優位であるから、官僚行動を経済分析によって解明しようとする政治学の立場である。ニスカネンWilliam Niskanen(1933―2011)のモデルがよく知られている。第三の流派は、デモクラシー政治の特色は圧力団体間の競争であるとみて、この競争過程から効率的な政治決定が得られることを分析する。この研究は、G・ベッカー率いるグループによってシカゴ大学で精力的に行われており、シカゴ学派とよばれている。これら三派のなかでは、政治過程を広く研究の対象としていることから公共選択学派とシカゴ学派がアメリカだけでなく世界のなかで有力である。

 シカゴ学派による説は、おもに以下のとおりである。中立的に存在する政府に対して、圧力団体が互いに競争して圧力をかける。各圧力団体は合理的行動者であるから、圧力をかけることの諸コスト(たとえば政党への拠出金など)が、それによって得られる競争勝利の利得(たとえば税制上の優遇)と限界値において等しくなるところまで圧力をかける。この競争で勝利を得たということは、勝利者が望んだ利得がより大きく、そのグループの結束が強かったことを示している。合理的な経済理論からみれば、競争のなかでコストをかけても、それを償うほど利得が大きいということは、その希望が実現されることが効率的であるから、まさしく実現した政策が「効率的」であるということになる。シカゴ学派においては、圧力団体間の競争が、政策の経済合理性をもたらすことを強調する点が、興味深いところである。

 公共選択学派は、デモクラシーの政治過程の分析を憲法制定の段階から出発させる。憲法制定の意義は、政治決定ルールをあらかじめ決定することにある。したがって憲法制定会議のメンバーに選ばれた人々は、最適政治決定ルールを探求し、それを憲法条文に明記する。各国の実情をみると、政治決定ルールは多数決原理である。したがって公共選択学派にとって、個々の少数派の間から結託が生じ、多数派が形成される要因の分析が課題になる。少数派の間から結託が生じ多数派になることを、伝統的政治学者は政治にとって好ましくないと考えることが多い。公共選択学派はシカゴ学派と同じく、個人選好の経済理論の立場より、より深い、あるいは強い選好が充足されることが効率化へのプロセスであるとみなす。

 しかし、結託形成への動きが自由な競争のなかで行われず、競争排除が伝統、特権など外的規制によってできあがる場合には、結託グループの独占的利益は「レント」とみなされる。G・タロックは、現実の社会においては、政治の世界でも、学者のサークルでも、芸術家の世界でも、排他的レント追求グループが形成されることをみて、レント・シーキングrent seekinng(非生産的・独占的利益追求)の概念をつくりだした。

 公共選択学派とシカゴ学派が今後どう対立していくのか、どこに合意点がみいだされるか、さらに二者以外の新しい政治経済学が登場してくるのか、財政学、公共経済学のわくを越えた政治経済学が現代の民主主義財政研究の大きな潮流になっている。

[宇田川璋仁]

『R・A・マスグレイブ著、大阪大学財政研究会訳『財政理論』全3冊(1961~1962・有斐閣)』『島恭彦著『財政学概論』(1963・岩波書店)』『J・M・ブキャナン、R・E・ワグナー著、深沢実・菊池威訳『赤字財政の政治経済学』(1979・文真堂)』『野口悠紀雄著『公共経済学』(1982・日本評論社)』『井堀利宏著『公共経済の理論』(1996・有斐閣)』『土居丈朗著『入門公共経済学』(2002・日本評論社)』『加藤寛編『入門公共選択――政治の経済学』(2005・勁草書房)』『アリエ・L・ヒルマン著、井堀利宏監訳『入門財政・公共政策――政府の責任と限界』(2006・勁草書房)』『林宜嗣著『地方財政』新版(2008・有斐閣)』『奥野信宏著『公共経済学』第3版(2008・岩波書店)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「財政学」の意味・わかりやすい解説

財政学
ざいせいがく
public finance

国,地方公共団体の経済活動である財政を対象とする応用経済学の一分野で,一般に予算論,経費論,租税論および公債論などで構成される。近代的な財政学は 17~18世紀のドイツの官房学派,イギリスやフランスの重商主義経済学者に始り,18世紀には A.スミスにより安価な政府の理論的根拠を与えた自由主義的財政学が確立され,19世紀には A.ワーグナーにより国民経済に対する財政の積極的介入を主張する社会政策的財政学が確立された。 A.ピグー,J. M.ケインズらに主導されて発展した現代の財政学は,国民経済に対する財政の積極的な役割を強調し,ケインズ以後も近代経済学の発展過程に呼応して,財政政策の実証的な経済分析 (→厚生経済学 ) や財政の意思決定過程の政治経済学的分析 (→公共選択論 ) などを主たる研究領域としている。

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世界大百科事典(旧版)内の財政学の言及

【公共経済学】より

…新名称の誕生は,近年,基本的には私有財産制と自由競争市場を軸として国民経済を運営するいずれの国々においても,共有財産と非市場手段によって運営される公共部門が急速に拡大してきた事実と,近代経済学の発達がその分析手法を非市場経済へも応用させることを可能とした事実とを反映したものといえよう。確かに,古くから公共部門を研究の対象としてきた学問に〈財政学public finance〉がある。しかし財政学は,伝統的に公共部門全体というよりも,与えられた予算を賄うための税制の記述と分析が中心であったことから,その学問の守備範囲が一般に狭く固定化されて理解され,近年急速に発展した財政理論の近代理論経済学的手法による再編成と,税制はもとより,それ以外の公共部門も広く研究の対象とした大幅な学問分野の拡大とを代表するには適切でなかった。…

※「財政学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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