フィスカルポリシー(読み)ふぃすかるぽりしー(英語表記)fiscal policy

翻訳|fiscal policy

デジタル大辞泉 「フィスカルポリシー」の意味・読み・例文・類語

フィスカル‐ポリシー(fiscal policy)

財政政策

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「フィスカルポリシー」の意味・わかりやすい解説

フィスカル・ポリシー
ふぃすかるぽりしー
fiscal policy

財政政策と訳されるが、広義の財政政策が、資源の効率的配分、所得の公平分配、経済安定、経済成長といった経済政策の目標を達成するための一政策手段として財政を用いることを意味するのに対して、フィスカル・ポリシーとは、狭義の財政政策、つまり総需要を管理する安定政策の一環として、完全雇用の維持、物価の安定、国際収支の均衡などの目標を達成するための政策を意味する。

 フィスカル・ポリシーを安定政策として利用しようとする考え方は、J・M・ケインズによって導入された。ケインズは『雇用・利子および貨幣の一般理論』(1936)において、1930年代のような大不況期には、金融緩和政策、低金利政策では景気の回復を図ることはできず、むしろ国家が直接大規模な財政支出を行い不況を脱出すべきであると説いた。すなわち、金融政策によってはすでに低下している金利を引き下げることはできず、またたとえ金利が引き下げられたとしても、民間投資がそれに応じて増大しないだろうと考えたのである。

 資本主義経済の初期においては、市場機構が円滑に作用し、価格の自動調整機能により完全雇用が達成され、積極的に財政を用いて経済安定を図る必要はなかった。このような状況下では、財政の役割は、資源の効率的配分と所得の再分配に限定された。ところが、資本主義経済が発達して、価格、賃金利子率に硬直性が発生し市場機構が有効に働かなくなると、完全雇用均衡は自動的には達成できない。また、市場機構が働くとしても、人々の期待形成のあり方、市場の調整速度いかんによっては、政府の介入が必要となる。つまり、景気の状態に応じて政府が赤字ないし黒字財政によって積極的に有効需要を調整する必要が生じてきた。

 財政によって総需要を管理する方法は、大別して二つある。ビルトイン・スタビライザーと裁量的財政政策である。

 ビルトインスタビライザーとは、財政のなかに制度的に備わった自動的安定化装置のことである。この代表的な制度が、所得税や法人税を中心とする税制と社会保障制度である。所得税や法人税は、税の仕組みそのものから国民所得の増減以上にその税収が増減する。たとえば、景気が悪化し所得が低下しても、税収がそれ以上に低下し、税引き後所得の減少は抑えられ、所得に依存する消費、投資需要の減少を安定的なものにする。また社会保障の制度においても、不況期には保険掛金は低下し、逆に社会保険からの失業手当など支出金が大きくなる。つまり、このような制度は、景気の下降期には不況に落ち込む傾向を弱める自動的な安定装置となる。好況の場合には、以上と逆の力が働いて自動的に景気が過熱する傾向を弱めようとする。このようにビルトイン・スタビライザーは自動的に働くが、その効果は単に景気変動の程度を緩和するにとどまり、変動そのものを反転させることはできない。この意味で、フィスカル・ポリシーの中心は裁量的財政政策である。

 裁量的財政政策とは、景気が下降し不況になると、予算を変更して財政支出の拡大を図り、税制を改正して減税を行うことを意味する。公共支出の拡大は直接に需要項目となり、乗数効果を経て国民所得を増大させるという形で経済活動を刺激する。また、この公共支出の増大が民間消費・投資を誘発するという誘い水政策となる場合もある。減税の場合は、所得税、法人税のように個人、法人の税引き後所得を増大させることで、間接的に民間消費、投資需要を拡大し、景気を拡大する効果をもつ。景気が過熱し、インフレーションが発生する可能性のあるときには、逆に財政支出の削減、増税が行われる。このような裁量による政策は有効需要を直接間接にコントロールできるので効果は確実であるが、政策介入についての認知の遅れ、政策発動の遅れ、効果発現の遅れ、とくに政策発動の遅れを伴うという欠点をもつ。

 わが国においては、フィスカル・ポリシーとして裁量的財政政策が積極的に利用されたことは高度経済成長期にはほとんどなく、第一次石油ショック(1973)後の大幅な景気後退期に活用されたにすぎない。その後、安定成長期の間は、国債の大量発行・累積から財政改革が叫ばれるようになり、マイナス・シーリングを行ったりして、金融政策に主導的立場をゆだねていた。

[藤野次雄]

『石弘光著『財政構造の安定効果』(1976・勁草書房)』『貝塚啓明・館龍一郎著『財政』(1972・岩波書店)』『R・ドーンブッシュ著、坂本市郎他訳『マクロ経済学』(1981・マグロウヒルブック)』『R・A・マスグレイブ著、大阪大学財政研究会訳『財政理論』全三冊(1961~62・有斐閣)』

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改訂新版 世界大百科事典 「フィスカルポリシー」の意味・わかりやすい解説

フィスカル・ポリシー
fiscal policy

インフレーション,失業,対外収支などの経済問題が生じたときに,財政活動の水準の調整によって対処する政策。財政政策ともいう。財政活動は経済全体の活動規模や物価動向などのマクロの経済変量と密接に関連している。このことは,資本主義経済が1930年代の大不況を経験し,ケインズ経済学の登場以来大きく認識されるようになってきた。この時期を契機に,市場機構のみにまかせておいてはもはや完全雇用が維持できない事態が到来したのである。民間の投資意欲が低迷していたため,雇用機会も少なく失業者があふれていた。J.M.ケインズはこのような時期に,公共事業などの政府支出を増加させれば経済全体の総需要が増大し,仕事の機会も増え,失業を減らせると提唱した。

経済活動が停滞しているときには,政府支出を増やして総需要を喚起し景気を活発化させたり,減税政策などの方法がよくとられる。こうした政府支出のなかには,公共事業関係費や政府企業の設備投資等や,各種社会保険の保険金給付,生活保護費,恩給費等の社会保障移転,(企業や農業者等に対する)補助金がある。また,政府のこのような支出を賄うためには財源が必要である。この財源調達手段としては,租税(所得税,法人税,物品税など),社会保険料,料金や受益者負担金,公債発行などがある。政府支出の増大を租税(たとえば所得税)で賄うとすれば,租税の増加が可処分所得を減少させるため民間の消費支出が減退し,総需要の増分は政府支出だけの増大の場合と比較すると小さくなる。次に政府支出を公債の発行で賄ったとすると,国債残高の増加が資産の増加となり,資産効果(富効果)が働き貨幣需要を増加させるので金利が上がり,民間資金需要を圧迫し,民間設備投資が減退し総需要がまったく増加しないことも生じうる(クラウディング・アウト)。このようにフィスカル・ポリシーの実行に際しては,政府支出の財源を何にするかも重要な点である。

総需要面を重視した租税,政府支出にかわって,最近アメリカではフィスカル・ポリシーの供給サイドに及ぼす効果も注目されるようになった。日本においては,利子所得非課税としたり(少額貯蓄非課税制度いわゆるマル優制度),利子所得を分離課税にすることによって貯蓄の収益率を高め,貯蓄の増加を図り経済成長を維持しようとしている(このようなマル優制度には賛否両論がある)。また,経済政策上ある特定分野の経済活動を促進するために,選択的,差別的に法人税,所得税等を減免する租税特別措置や,産業設備の近代化,合理化,あるいは新技術の研究開発とその企業化等の目的のために,減価償却率に特別な配慮を与えようとする特別償却制度がとられている。これらの租税特別措置や特別償却制度は,企業の貯蓄,資本蓄積を促進させようとするもので,総供給サイドからの財政政策に含められる。
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百科事典マイペディア 「フィスカルポリシー」の意味・わかりやすい解説

フィスカル・ポリシー

完全雇用を目指しつつ,物価の安定,国際均衡,経済成長を確保するため,意図的に財政の内容や規模を操作すること。補整的財政政策とも。大恐慌を経験してケインズ経済学が登場して以来,有効需要が国民所得の水準を決定するという考え方にもとづいて重視されるようになった。不況時には,公共事業などの政府支出増大や減税により総需要を増大させ,景気過熱時には逆の財政政策が採用される。→ケインズ学派

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「フィスカルポリシー」の意味・わかりやすい解説

フィスカル・ポリシー

補整的財政政策」のページをご覧ください。

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世界大百科事典(旧版)内のフィスカルポリシーの言及

【安定化政策】より

…1930年代以前には,この種の発想法がとられることはなく,いわば経済変動は不可避と考えられてきたが,ケインズの《一般理論》(1936)以来,安定化政策が経済政策のなかで重要な地位を占めると考えられるに至った。 安定化政策の手段としては,財政と金融が用いられることが多く,とくに財政を通ずる安定化政策をフィスカル・ポリシーということがある。安定化政策を広くとるときには,政府がその裁量にもとづいてとる政策(たとえば減税とか公定歩合操作)と経済システムに組み込まれている安定化要因を活用することをも含んでいる。…

【ケインズ政策】より

…ケインズ理論において有効性をもつとされているマクロ経済政策をいう。最も典型的には,ケインズ政策とはフィスカル・ポリシーを裁量的に行う政策を指す。すなわち,ケインズ理論においては,極端な場合,貨幣需要の利子弾力性が無限大,あるいは投資需要の利子非弾力性が想定されることがあり,このときには金融政策は経済活動に対して無力となり,財政政策によって初めて有効需要がコントロールできることとなる。…

【国債】より

…この場合には,公経済が赤字予算を組み国債を財源として租税収入以上に歳出を拡大して失業を救済したり,あるいは黒字予算を組み国債を償還して租税収入以下に歳出を削減してインフレを抑制することが必要な措置となる。ケインズはこうした役割を国家財政に期待し,その場合の財政政策をとくにフィスカル・ポリシーと呼んだ。 フィスカル・ポリシーは,第2次大戦後,現代国家の財政運営の主要原理となった。…

【財政学】より

…スミスからリカードを経てJ.S.ミルにいたると,自由主義財政思想にもかなりの変化がみられ,経費の生産性を限定づきながら認めたり,ある程度の累進税も認めるようになった。
【フィスカル・ポリシーの理論】
 1930年代に資本主義諸国全般を襲った大不況は,大量失業と企業倒産をもたらすとともに,各国とも赤字予算を余儀なくされた。これにより古典派経済学と財政学の権威は失墜した。…

※「フィスカルポリシー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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