コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

内田百閒 うちだ ひゃっけん

7件 の用語解説(内田百閒の意味・用語解説を検索)

美術人名辞典の解説

内田百閒

小説家・随筆家。岡山県生。名は栄造、別号は百鬼園。東京帝大独文科卒。夏目漱石に私淑し、在学中から俳句や写生文を発表。漱石歿後の『漱石全集』編纂にも携わった。短編集『冥途』は、その幻想的手法が、高く評価され、またユーモラスな味を持つ随筆家としても才能を示した。代表作に『贋作吾輩は猫である』『阿房列車』等がある。法政大教授。昭和46年(1971)歿、81才。

出典|(株)思文閣
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

うちだ‐ひゃっけん〔‐ヒヤクケン〕【内田百閒】

[1889~1971]小説家・随筆家。岡山の生まれ。本名、栄造。別号、百鬼園。夏目漱石に師事し、風刺とユーモアに富む独特な作風を示した。著に小説集「冥途」、随筆集「百鬼園随筆」など。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

内田百閒 うちだ-ひゃっけん

1889-1971 大正-昭和時代の小説家,随筆家。
明治22年5月29日生まれ。夏目漱石(そうせき)門下となり,「漱石全集」を編集。大正11年「冥途(めいど)」で文壇に登場,独特のユーモアと風刺にとむ「百鬼園随筆」で注目された。ほかに紀行「阿房(あほう)列車」,日記「東京焼尽」など。昭和46年4月20日死去。81歳。岡山県出身。東京帝大卒。本名は栄造。別号に百鬼園。
【格言など】世の中に人の来るこそうれしけれとはいうもののお前ではなし(自宅の玄関先にかかげたもの)

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版の解説

うちだひゃっけん【内田百閒】

1889‐1971(明治22‐昭和46)
小説家,随筆家。本名栄造。別号百鬼園。岡山市生れ。1914年東大独文科卒。陸軍士官学校法政大学教授を歴任。六高時代に俳句を学び,また夏目漱石の作品に親しむ。1911年漱石を訪ね,以後門下となり,著作の校正などを手伝い,漱石没後は全集編纂に加わる。漱石の《夢十夜》やE.T.A.ホフマンの作に影響をうけ,存在の不安感を夢や幻想に託した小品,短編を執筆,21年以降それらを発表し,一部に注目された。《冥途》(1922),《旅順入城式》(1934)などを刊行する一方,《百鬼園随筆》(1933),同続編(1934),《阿房列車》(1952)などで,独自の随筆のジャンルを開拓した。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

うちだひゃっけん【内田百閒】

1889~1971) 小説家・随筆家。岡山県生まれ。本名、栄造。別号、百鬼園。東大卒。漱石門下。「冥途」をはじめとする超現実的作風と、ユーモラスな味わいをもつ随筆で知られた。著「百鬼園随筆」「阿房列車」など。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

内田百閒
うちだひゃっけん

[生]1889.5.29. 岡山
[没]1971.4.20. 東京
小説家,随筆家。本名,栄造。別号,百鬼園。第六高等学校を経て 1914年東京大学独文科卒業。陸軍士官学校などにドイツ語教官として勤務,34年から文筆業に入った。若くして夏目漱石門下に入り,小説家としては大成しなかったが,一種の精神的美食家として知られ,ユーモアと俳味に富む唯美主義的な随筆に独特の味わいを発揮した。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

内田百
うちだひゃっけん
(1889―1971)

小説家、随筆家。1935年(昭和10)ごろまでは百の号を用いた。別号百鬼園(ひゃっきえん)。明治22年5月29日、岡山市古京(ふるぎょう)町(現中区)の造酒屋(つくりざかや)のひとり息子として生まれる。本名栄造。岡山中学時代、夏目漱石(そうせき)に私淑(ししゅく)し、雪隠(せっちん)、流石(りゅうせき)の筆名で『文章世界』などに投稿した。旧制六高時代には志田素琴(そきん)に俳句を学び、『校友会会誌』に百間の号で発表した。1910年(明治43)東京帝国大学独文科に入学、翌年から漱石門下生となり、森田草平(そうへい)、鈴木三重吉(みえきち)らとの交友が始まる。1916年陸軍士官学校教官、翌々年から、海軍機関学校教官を兼務。1920年法政大学教授。漱石の『夢十夜』を継承発展させた『冥途(めいど)』(1917)を発表して文壇に登場、小説的な随筆集『百鬼園隨筆』(1933)によって多数の読者を獲得した。全国各地への無用の列車旅行をつづった『阿房(あほう)列車』(1952)、飼い猫への異様な執心を吐露した『ノラや』(1957)など多彩な随筆がある。昭和46年4月20日没。[酒井英行]
『『内田百全集』全10巻(1971~73・講談社) ▽『百鬼園隨筆』『阿房列車』(旺文社文庫) ▽平山三郎著『詩琴酒の人 百鬼園物語』(1979・小沢書店) ▽平山三郎著『わが百鬼園先生』(1979・六興出版)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

内田百閒の関連キーワード平山芦江吉田絃二郎翠巒月済し妙諦上厠宮崎三昧百鬼夜行/陰百鬼園《百鬼園随筆》

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone

内田百閒の関連情報