〈冥土〉とも書く。仏教用語で,死者が赴く迷いの世界,あるいはそこへたどりつく道程を意味する。生前,この世において仏道修行を怠ったものは,死後,再び迷いの世界に落ちて輪廻(りんね)する。この迷いの世界は地獄,餓鬼,畜生の三悪道で,そこは暗く,苦しい世界なので幽冥の処,すなわち冥途と呼んだ。死後の迷いの世界を幽冥とするのは仏教本来のものではなく,道教の冥府(めいふ)の信仰との習合によるものである。閻羅王(または閻魔王,閻魔)をはじめとする十王や多くの冥官(冥府の役人)によって亡者は罪を裁かれ,それ相応の苦しみに処せられると信じられるようになったのは,おそらく中国の唐末期,9世紀後半からであろう。冥途における閻羅王の断罪から亡者を救う地蔵菩薩の信仰や,年に1度,中元の季節に亡者がこの世の家族のもとへかえって供養をうけるという盂蘭盆(うらぼん)会,亡者を救うための施餓鬼(せがき)の法会,年回忌の法要・供養等は,すべて冥途における亡者の,苦しみから逃れたいという願いによるものである。
執筆者:井ノ口 泰淳
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
内田百閒(うちだひゃっけん)の短編小説集。1922年(大正11)稲門堂書店刊。表題作品『冥途』(1917)を含めた18編を収録。すべての作品が夢のスタイルで書かれていて、夏目漱石(そうせき)の『夢十夜』の影響がみられる。「心の中の神秘」を「恐ろしき心で書く」というモチーフで貫かれていて、夢魔的な作品が多い。肉親との交感(『冥途』『道連(みちづれ)』)、獣(けもの)への変身の恐怖(『件(くだん)』)、女性存在の謎(なぞ)および女性への罪意識(『花火』『蜥蜴(とかげ)』)などがある。表題作『冥途』は、幽明を異にする亡父との出会いを、日本人的感覚で哀切に描いた作品である。
[酒井英行]
『『冥途・旅順入城式』(岩波文庫)』
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