分離派(読み)ぶんりは(英語表記)Sezession

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「分離派」の解説

分離派
ぶんりは
Sezession

19世紀末にドイツおよびオーストリアで起った絵画,建築,工芸などの革新運動の一派ゼツェッションとも呼ばれる。フランス印象派やアール・ヌーボーの影響を受けて,アカデミズムや従来の展覧会組織から分離して自由な表現活動を目指した。 1893年に M.スレフォークト,M.リーバーマンを中心にミュンヘン分離派が結成され,この運動はベルリンにも波及した。次いで 97年 G.クリムトの指導下にウィーン分離派が生れ,絵画と並んで建築と工芸の分野でも活発な運動が展開され,ドイツのユーゲントシュティール (青春様式) の普及に大きな役割を果した。 1906年には新分離派と自由分離派とに分裂し,他の諸都市にも広がった。日本でもウィーン分離派の影響を受けて,20年堀口捨巳らによる分離派建築会が生れ,旧朝日新聞東京本社,中央電信電話局などがその新しい主張によって建てられた。

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精選版 日本国語大辞典「分離派」の解説

ぶんり‐は【分離派】

〘名〙 =ゼツェシオン
※芸術の国民的評価と世界的評価(1935)〈勝本清一郎〉「分離派運動以後ドイツ人が断然世界をリードしたことは明かであるが」

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