改訂新版 世界大百科事典 「初期仏教」の意味・わかりやすい解説
初期仏教 (しょきぶっきょう)
釈迦によって創始され,彼の滅後直弟子たちが発展させた初期の仏教をいう。通常用いられる原始仏教という時代区分より,やや狭義のニュアンスがあるように思われる。
釈迦の時代のインドは,鉄器の利用により農産物が豊富になり富裕な商工業者が現れ,社会は爛熟し,旧来のベーダ,ウパニシャッドに基づくバラモン教に疑問をもつ自由思想家が多く輩出し,釈迦もその中の一人であった。その教義は,中道,四諦(したい),八正道,縁起,無我の諸説にまとめうる。中道とは当時の伝統的苦行主義と享楽的自由主義のいずれにも偏らない生き方をいう。四諦とは苦・集・滅・道の四つの真理(諦)をいう。まず人生は苦であると観ずる(苦)。苦の原因は欲望(渇愛)である(集)。欲望を滅すれば何ものにも束縛されない自由な境地が得られる(滅)。これが悟り,涅槃である。それを得るための正しい方法がある(道)。この方法は八正道として示される。縁起とは,ものごとは必ず原因によって結果が生ずる,という相依関係をいう。また無我説とは,人間のいかなる部分にも,伝統的ウパニシャッドのいうアートマン(我)は存在しないという主張である。
初期仏教はこのように,当時の享楽主義的風潮と,伝統的苦行主義や形而上学を否定し,実際経験できる人間の身体的・精神的現象のみを取り上げて,欲望を滅し静かな涅槃の境地に入ることをすすめている。
初期仏教の教団は,修行者(出家)と在俗信者(在家)から成り,釈迦は出家に対しては上述の修行をすすめ,在家に対しては施論(慈悲をもって生きとし生けるものを愛し,特に出家者へ布施を行うこと),戒論(在家の五戒すなわち不殺生,不偸盗,不邪淫,不妄語,不飲酒の各戒を守ること),生天論(以上の二つを行えば,死後天に生まれる)の三つをすすめたといわれている。
初期仏教の聖典としては,スリランカに伝わるパーリ語で書かれた5部のニカーヤnikāya,漢訳として伝わる4部の阿含(あごん)(アーガマāgama)その他がある。
→仏教
執筆者:加藤 純章
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報