雇用契約に際し,雇用契約期間終了後に支払われる賃金から自動的に引き落とすことを条件に,契約者に一定の金額が前貸しされる制度,およびその金銭のこと,〈まえがりきん〉ともいう。第2次大戦前の日本において,紡績・製糸(生糸)・織物等の繊維産業の女工,鉱山・土建・漁業等における筋肉労働者等,広い産業分野にわたってみられた。その基本的目的は,労働者を前貸資金による〈債務奴隷〉的な立場に置くことによって,雇主のもとに拘束的に隷属させ,労働強制を効果的に実現することにある。寄宿舎制度,飯場制度等,直接的な拘束的労働強制と表裏をなすもので,債権債務関係によってそれをさらに強化し,〈原生的労働関係〉とよばれる前期的・前近代的な過酷な労働条件を,労働者に強いるためのものであった。以下これを代表する女工についてみるならば,大正期まではほぼ例外なくこの制度が行われていた。前借金の額は,明治期で20円前後,第1次大戦後は50~100円程度が一般的で,ほぼ女工の1年分の賃金に見合う額であった。前借金は,契約当事者である女工の親元に渡されるのが普通で,賃金との相殺によって,女工本人の手には賃金はほとんど残らず,それどころか賃金がいくら支払われるかは雇主によって一方的に決められたので,年期が終わってもまだ借金が残る例も少なくなかった。それでも貧しい農民にとっては数少ないまとまった現金収入の道であり,前借金目当てに子女を出稼ぎに出す例は後を絶たなかった。一方,雇主にとっても問題がなかったわけではなく,過酷な労働に耐えかねて,厳しい監視の目を盗んで逃亡する女工も多く,前借金が貸倒れになる例もあった。女工に対する前借金は,昭和恐慌(1930)以降繊維産業全体の不況が長期化するなかで,事実上姿を消していったが,中小のサービス業等ではなお根強く残っていた。第2次大戦後は,前借金が労働者の拘束策として用いられることをさけるため,労働基準法によって,前借金と賃金を相殺することが禁止されている(17条)。
執筆者:東条 由紀彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
将来得る予定の賃金から差し引くことを条件として、労働契約締結時に使用者が労働者またはその親などに前貸しする金銭のことをいう。この制度は、労働者の窮迫状態に乗じて彼らを長期間債務奴隷的な立場に置き、低賃金と低劣な労働条件で労働を強制するために利用された。第二次世界大戦前のわが国においては、芸娼妓(げいしょうぎ)をはじめとして、繊維産業の女工、鉱山・建築等の肉体労働者など、広い産業分野において普及し、これによって事実上の強制労働と人身売買行為が行われてきた。
戦後、このような人権侵害を排除・予防するために、労働基準法第17条は、「使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない」として、前借金の労働による相殺を禁止した。なお、この条項は、労働することを条件とする前貸し債権を問題としているのであるから、使用者から労働者が信用貸しを受けること自体は、これに該当しない。
[湯浅良雄]
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