前借金(読み)ゼンシャクキン

デジタル大辞泉 「前借金」の意味・読み・例文・類語

ぜんしゃく‐きん【前借金】

まえがりをした金銭
雇用契約を結ぶとき、返済することを約束して雇い主から借りる金銭。

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精選版 日本国語大辞典 「前借金」の意味・読み・例文・類語

ぜんしゃく‐きん【前借金】

  1. 〘 名詞 〙
  2. 前借りをした金銭。
  3. 芸者置屋営業者・貸座敷営業者が、芸者・娼妓となる女に雇用契約の際貸した、まとまった額の金銭。
    1. [初出の実例]「自前一本の者も亦なきに非らざれども斯(こ)は其前借金(ゼンシャクキン)も済み」(出典:風俗画報‐二五五号(1902)人事門)
  4. 労働契約や雇用契約を結ぶ際、将来支払われる賃金によって弁済する約束で、使用者から借り入れる金銭。労働基準法では、使用者が前貸しの債権と賃金とを相殺することを禁止している。

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改訂新版 世界大百科事典 「前借金」の意味・わかりやすい解説

前借金 (ぜんしゃくきん)

雇用契約に際し,雇用契約期間終了後に支払われる賃金から自動的に引き落とすことを条件に,契約者に一定の金額が前貸しされる制度,およびその金銭のこと,〈まえがりきん〉ともいう。第2次大戦前の日本において,紡績製糸生糸)・織物等の繊維産業の女工鉱山土建漁業等における筋肉労働者等,広い産業分野にわたってみられた。その基本的目的は,労働者を前貸資金による〈債務奴隷〉的な立場に置くことによって,雇主のもとに拘束的に隷属させ,労働強制を効果的に実現することにある。寄宿舎制度,飯場制度等,直接的な拘束的労働強制と表裏をなすもので,債権債務関係によってそれをさらに強化し,〈原生的労働関係〉とよばれる前期的・前近代的な過酷な労働条件を,労働者に強いるためのものであった。以下これを代表する女工についてみるならば,大正期まではほぼ例外なくこの制度が行われていた。前借金の額は,明治期で20円前後,第1次大戦後は50~100円程度が一般的で,ほぼ女工の1年分の賃金に見合う額であった。前借金は,契約当事者である女工の親元に渡されるのが普通で,賃金との相殺によって,女工本人の手には賃金はほとんど残らず,それどころか賃金がいくら支払われるかは雇主によって一方的に決められたので,年期が終わってもまだ借金が残る例も少なくなかった。それでも貧しい農民にとっては数少ないまとまった現金収入の道であり,前借金目当てに子女出稼ぎに出す例は後を絶たなかった。一方,雇主にとっても問題がなかったわけではなく,過酷な労働に耐えかねて,厳しい監視の目を盗んで逃亡する女工も多く,前借金が貸倒れになる例もあった。女工に対する前借金は,昭和恐慌(1930)以降繊維産業全体の不況が長期化するなかで,事実上姿を消していったが,中小のサービス業等ではなお根強く残っていた。第2次大戦後は,前借金が労働者の拘束策として用いられることをさけるため,労働基準法によって,前借金と賃金を相殺することが禁止されている(17条)。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「前借金」の意味・わかりやすい解説

前借金
ぜんしゃくきん

将来得る予定の賃金から差し引くことを条件として、労働契約締結時に使用者が労働者またはその親などに前貸しする金銭のことをいう。この制度は、労働者の窮迫状態に乗じて彼らを長期間債務奴隷的な立場に置き、低賃金と低劣な労働条件で労働を強制するために利用された。第二次世界大戦前のわが国においては、芸娼妓(げいしょうぎ)をはじめとして、繊維産業の女工、鉱山・建築等の肉体労働者など、広い産業分野において普及し、これによって事実上の強制労働と人身売買行為が行われてきた。

 戦後、このような人権侵害を排除・予防するために、労働基準法第17条は、「使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない」として、前借金の労働による相殺を禁止した。なお、この条項は、労働することを条件とする前貸し債権を問題としているのであるから、使用者から労働者が信用貸しを受けること自体は、これに該当しない。

[湯浅良雄]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「前借金」の意味・わかりやすい解説

前借金
ぜんしゃくきん

将来の労務の提供の対価で弁済する約定のもとに,使用者 (雇い主) から労働者に貸付けられる金銭。このような使用者の前貸し金債権と,のちの賃金の相殺を許すと労働者に不当な労働を強いるおそれがあるので,労働基準法はこのような相殺を禁じる (17条,罰則 119条) 。なお,使用者と労働者の相殺契約による相殺も,脱法行為として許さないとするのが通説である。前借金は労務者などと雇い主の労働契約の場合にもみられなくはないが,芸娼妓契約や酌婦契約,売春稼業契約などに伴うことが多い。このような場合の前借金は稼業契約を強制する作用をもっており,両者は一体性をもつので,稼業契約が公序良俗違反となる場合 (民法 90) は前借金契約も無効であって,しかも貸し主 (雇い主) は民法 708条によりその返還請求もできない。なお売春防止法は売春をさせる目的の前貸しを禁じている (9条) 。

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