生物の個体発生にさいし,成体の原型が卵・精子または受精卵にあらかじめできあがっているとする説。この説によれば,発生過程の基本は,成体の微小な原型が成長していく変化にすぎない。17世紀になって顕微鏡観察がはじまり,それまでは頭部と心臓しか出現していないと思われていた時期に,胚体の諸部分がすでに形成されている事実が,M.マルピーギによって発見された(1672)。またJ.スワンメルダムは,さなぎのなかに成体が折りたたまれて入っていることを明らかにした(1669)。この段階では精子の存在は知られておらず,卵に微小成体が存在すると理解されたので,この型の前成説は卵原説と名づけられている。一方,ハムJ.Hamが精子を発見し(1675),A.vanレーウェンフックが受精におけるその働きを推定(1679)して以来,精子に成体の原型が存在するという意見があらわれた。精原説とよばれるこの主張によれば,卵は精子に栄養を提供する役割をうけもつ。18世紀になると精子を綿密に観察しても成体の原型が見いだされないことが確認され,精子は寄生微生物とみなされる。そしてC.ボネによってアリマキの単為生殖が発見されるにいたり(1745),精原説は完全に権威を失った。これと前後してA.トランブレーがヒドラの再生現象を実証した(1744)。前成説が正しければ,失われた部分が再生するはずはない。そこでボネはそれまでの型の卵原説を修正し,卵には成体そのものではなく,そのもとになる網状構造があり,それが体の各部に散在し,状況に応じて栄養物質を吸着して成体になると考えた。しかし再生の発見につづき奇形発生の研究,動物の発生の比較研究などから,前成説はしだいに不利になっていく。19世紀後半におけるもっとも精緻なA.ワイスマンの発生学説(1892)にも前成説の要素がみられるが,ボネのそれよりもいっそう複雑に構成されており,後成説との境界はあいまいである。
→後成説
執筆者:中村 禎里
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生物発生学の用語で、後成説に対立する。個体発生において、受精卵中に成体の諸器官が縮小された形で備わっていて、それが発生とともに展開してくるという考え方をいう。19世紀後半からの顕微鏡の発達によって、それまで無構造であると考えられていた初期胚(はい)に種々の構造が認められるようになって、前成説は強く主張された。おもな前成説論者はマルピーギ、スワンメルダム、ボネなどである。前成説のなかでは、子孫の世代の成体まで精子中に次々に入れ子になって存在するという精原説と、卵子内にあるという卵原説が対立していたが、卵胞の発見や単為生殖の発見によって卵原説が有利になった。しかし18世紀中葉から19世紀前半にかけて、発生学の研究が進歩をとげ、胚葉の発見など後成説に有利な観察や実験が数多くなされて、前成説はしだいに消滅していった。
[八杉貞雄]
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…動物の発生に関する研究で知られる。主著《発生論Theoria generationis》(1759)では,当時支配的であった前成説(生物個体の発生は,先在する構造の展開とする説)に反対し,後成説(発生の過程で,順次に各器官が形成されるとする説)を主張した。そのため,前成説を支持していたA.vonハラーやC.ボネと対立し,1767年にロシアのペテルブルグ学士院の招きに応じて移り,解剖学の教授になった。…
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[発生学の学説]
生物の発生という現象を説明するために,遺伝学におけるメンデル法則にあたる普遍的原理は今のところない。生物の発生の説明には古くから二つの異なる基本的な立場があって,これらを前成説,後成説と呼ぶ。 前成説とは,発生において,将来完成される生物の姿がなんらかの様式でごく初めからあらかじめ存在している,と考えるのである。…
※「前成説」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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