生物発生学上の用語で、前成説に対立する。個体発生において、受精卵には成体に相当する形態は含まれておらず、発生過程でしだいに単純な状態から複雑な状態へと発展し、成体の構造が生じてくるとする考え方をいう。古くはアリストテレスが、成体の諸器官の原基は発生の過程で一定の順序で分化してくると考え、後成説の立場にたった。また17世紀にイギリスの生理学者ハーベーは、ニワトリ胚(はい)で最初に出現するのは心臓または血液だと考え、後成説を主張した。17世紀後半からは顕微鏡による観察が始まり、それまで無構造と考えられていた初期胚にも複雑な構造があることが判明し、このことはむしろ、すべての胚にはごく初期から成体の諸器官が縮小された形で収められているとする前成説に有利であった。18世紀には前成説と後成説が鋭く対立し、むしろ前成説のほうが優勢であったが、フランスの数学者で天文学者でもあるモーペルチュイは遺伝学的事実に基づいて、またドイツの博物学者C・F・ウォルフは腎臓(じんぞう)などの発生の顕微鏡観察などから、後成説を唱えた。その後19世紀前半にかけてロシアの動物学者パンダーC. H. Pander(1794―1865)、ドイツの動物発生学者K・E・von・ベーア、ドイツの動物学者ラートケなどによる胚葉説が確立されるに至って、後成説が優位にたった。ベーアはまた比較発生学的研究からも後成説を支持した。さらに、再生、受精、奇形などの実験・研究からも、後成説の正しさがしだいに認められた。このように、前成説と後成説の対立は生物学史上重要な意味をもっており、この論争から発生学は大きな飛躍を遂げたということもできる。
[八杉貞雄]
個体発生の端緒である生殖細胞(卵・精子)には分化した構造が存在せず,発生過程が進むにつれて,しだいに諸部分・諸器官が形成され,ついには完全な成体ができあがるとする説。前成説と対立する立場。古代のアリストテレスにはじまり,17世紀のW.ハーベー,18世紀のC.ウォルフをへて,19世紀にいたり近代的な体裁をもつようになる。K.E.vonベーア(1828)は,各種動物の比較研究にもとづき,すべての動物は発生初期には同一の胚葉構造をもち,発生が進行するとともに各動物の個性があらわれてくると説いた。同世紀末にはじまる実験発生学は,後成説の主張に決定的な根拠をあたえた。とくにH.ドリーシュ(1892)は,がんらい幼生の一部を構成するはずの割球を他の部分から分離すると,それだけで完全な幼生に発生することを示したのである。
→前成説
執筆者:中村 禎里
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…動物の発生に関する研究で知られる。主著《発生論Theoria generationis》(1759)では,当時支配的であった前成説(生物個体の発生は,先在する構造の展開とする説)に反対し,後成説(発生の過程で,順次に各器官が形成されるとする説)を主張した。そのため,前成説を支持していたA.vonハラーやC.ボネと対立し,1767年にロシアのペテルブルグ学士院の招きに応じて移り,解剖学の教授になった。…
…しかし再生の発見につづき奇形発生の研究,動物の発生の比較研究などから,前成説はしだいに不利になっていく。19世紀後半におけるもっとも精緻なA.ワイスマンの発生学説(1892)にも前成説の要素がみられるが,ボネのそれよりもいっそう複雑に構成されており,後成説との境界はあいまいである。後成説【中村 禎里】。…
…彼は教育,政治,宗教などに関する著作を多く書いているが,ヒドラの再生実験を行ったことで有名である。一匹のヒドラを切り離してばらばらにしても,それぞれの部分から再び成体が形成される事実の発見は,当時の発生学論争において,後成説を支持する有力な証拠とみなされた。【横山 輝雄】。…
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[発生学の学説]
生物の発生という現象を説明するために,遺伝学におけるメンデル法則にあたる普遍的原理は今のところない。生物の発生の説明には古くから二つの異なる基本的な立場があって,これらを前成説,後成説と呼ぶ。 前成説とは,発生において,将来完成される生物の姿がなんらかの様式でごく初めからあらかじめ存在している,と考えるのである。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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