日本大百科全書(ニッポニカ) 「加計」の意味・わかりやすい解説
加計
かけ
広島県西部、山県郡(やまがたぐん)にあった旧町名(加計町(ちょう))。現在は安芸太田町(あきおおたちょう)の一地区。1898年(明治31)町制施行。1954年(昭和29)殿賀(とのが)村、1956年安野(やすの)村と合併。2004年(平成16)戸河内(とごうち)町、筒賀(つつが)村と合併、安芸太田町となる。旧町域の大部分は中国山地で占められる。加計地区は、北東流してきた太田川に丁(ようろ)川、滝山川が合流するいわゆる落合集落で、郡の中心的位置をも占めてきた。国道186号、191号、433号が通じる。西隣の旧戸河内町域にある中国自動車道の戸河内インターチェンジが近い。JR可部(かべ)線も通じていたが、2003年、可部―三段峡間が廃止、バス輸送に切り替えられている。江戸時代には広島城下から加計までの太田川の舟運があり、鉄、和紙、炭などを運んだ。基幹産業は林業で、雑穀、野菜なども産する。太田川水系には発電所が多い。2001年には、日本でも有数の規模のアーチ式ダムである温井ダム(ぬくいだむ)が竣工(しゅんこう)、その結果できた龍姫(りゅうき)湖とともに周囲の観光開発が進められている。長尾神社の湯立神楽(ゆだてかぐら)は県指定無形民俗文化財。
[北川建次]
『『加計町史』全4巻(1961~1962・加計町)』▽『『加計町史』全4巻(1997~2002・加計町)』