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鈴木三重吉 すずき みえきち

美術人名辞典の解説

鈴木三重吉

小説家。広島県生。東京帝大卒。明治39年夏目漱石の推薦で、『千鳥』を『ホトトギス』に発表。児童文学に進出し、処女童話集『湖水の女』を刊行。大正7年『赤い鳥』を創刊芥川龍之介有島武郎・豊島与志雄らに勧めて児童文学の筆をとらせる一方、北原白秋西条八十野口雨情の詩の作曲を山田耕筰に依頼し、坪田譲治新美南吉山本鼎を世に送り出すなど、童話・童謡童画綴方運動を展開した。昭和11年(1936)歿、55才。

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百科事典マイペディアの解説

鈴木三重吉【すずきみえきち】

小説家,童話作家。広島市生れ。東大英文科卒。夏目漱石に師事,短編小説《千鳥》を《ホトトギス》に発表,作家としてデビューした。その後も浪漫的・抒情的な作品を書き注目を受けたが,しだいに童話への関心を深め1916年童話集《湖水の女》を出し,1918年児童雑誌《赤い鳥》を創刊,童話,童謡を芸術として深化向上させ,児童文学史上に大きな功績を残した。
→関連項目小島政二郎作文教育写生文新教育運動生活綴方新美南吉

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

鈴木三重吉 すずき-みえきち

1882-1936 明治-昭和時代前期の小説家,児童文学者。
明治15年9月29日生まれ。夏目漱石に師事。小説「千鳥」「桑の実」を発表。大正7年「赤い鳥」を創刊し,芸術性ゆたかな童話・童謡の創作を提唱。坪田譲治,新美南吉(にいみ-なんきち)らの童話作家をそだてた。昭和11年6月27日死去。55歳。広島県出身。東京帝大卒。童話集に「世界童話集」。
格言など】生きたいというのは寂寥と悪闘しようとする執着でなければならない(「小鳥の巣」)

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朝日日本歴史人物事典の解説

鈴木三重吉

没年:昭和11.6.27(1936)
生年:明治15.9.29(1882)
近代の小説家,児童文学者。広島県生まれ。東京帝国大学英文科在学中に神経衰弱から休学。その間に執筆した「千鳥」が夏目漱石に認められ,明治39(1906)年『ホトトギス』掲載となる。卒業後も教師をしながら創作活動を続け,「小鳥の巣」「桑の実」などを発表した。しかし大正4(1915)年をもって自身の小説創作に見切りをつけ,以降は筆を絶ち,出版企画にも手をそめる。同7年7月,画期的な児童雑誌『赤い鳥』を創刊,1度だけ2年近い休刊をはさみはしたが亡くなるまで月刊で刊行。新しい童話,童謡の提供,新人作家の育成,児童の綴方,自由詩など表現活動の推進に大きな功績を残した。自身の創作童話は1編のみで,「古事記物語」はじめ専ら外国作品や古典の再話に取り組んだ。小説家であったころから推敲癖が特に強く,『赤い鳥』主宰後は他の作家の文章をも入念に手直ししたりしたという。<著作>『鈴木三重吉全集』(全7巻),『鈴木三重吉童話全集』(全10巻)

(佐藤宗子)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

すずきみえきち【鈴木三重吉】

1882‐1936(明治15‐昭和11)
小説家,童話作家。広島市生れ。少年時に母を失う。1908年東大英文科卒業。成田中学,海城中学の教師を務めた。東大在学中から夏目漱石に私淑。神経衰弱のため休学し,瀬戸内海能美島で保養,その生活より着想した《千鳥》(1906)を漱石の推薦で《ホトトギス》に発表,作家として踏みだした。上京して漱石宅に親しく出入りするようになり,木曜会を提案。07年《千代紙》を刊行。〈一人の女性〉の追憶憧憬に生きる心情を描く,暗く沈んだロマン性が注目をひいた。

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大辞林 第三版の解説

すずきみえきち【鈴木三重吉】

1882~1936) 小説家・児童文学者。広島県生まれ。東大卒。夏目漱石に師事。「千鳥」「桑の実」など繊細で浪漫的な作風で文壇に認められた。のち児童雑誌「赤い鳥」を創刊、児童文学の普及と向上に努めた。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

鈴木三重吉
すずきみえきち

[生]1882.9.29. 広島
[没]1936.6.27. 東京
小説家,児童文学者。第三高等学校を経て 1908年東京大学英文科卒業。病気休学中に小説『千鳥』 (1906) を書いて夏目漱石に推賞され,その門下に列して『山彦』 (07) ,『お三津さん』 (07) で文壇に進出,繊細な感覚と豊かな抒情性に特色を示し,後期浪漫主義の有力作家と目された。しかし『瓦』 (11) ,『桑の実』 (13) などの長編発表後は,童話集『湖水の女』 (16) ,『世界童話集』 (17~26) などを書いて児童文学に転じ,18年には児童文芸雑誌『赤い鳥』を創刊,後半生を同誌のために捧げ,翻訳,再話ならびに編集,新作家の発掘に努めた。『赤い鳥』編集を通じての児童文化への貢献は多大である。ほかに小説『八の馬鹿』 (15) ,再話『古事記物語』 (20) など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

鈴木三重吉
すずきみえきち
(1882―1936)

小説家、児童文学者。明治15年9月29日、広島市に生まれる。1904年(明治37)東京帝国大学英文科入学。病気で休学するが、その保養のために渡った瀬戸内海の能美(のうみ)島での見聞に空想を織り交ぜて綴(つづ)った小説『千鳥』(1906)が夏目漱石(そうせき)に激賞され、これを処女作として作家的出発をした。漱石門下として短編集『千代紙』(1907)を発表、1908年大学卒業後は中学の教師をしながら創作を続け、『黒髪』(1909)、『小鳥の巣』(1910)、『桑の実』『櫛(くし)』(ともに1913)など、哀愁に彩られたロマンチシズムを本領としている。しかし現実をリアルに描くことを旨とする自然主義全盛時代にあってしだいに寡作となり、ついにはロマンチシズムをその本質とする児童文学に転向するに至った。
 1918年(大正7)7月、自ら主宰して児童雑誌『赤い鳥』を創刊。芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ)、有島武郎(たけお)、島崎藤村(とうそん)、北原白秋(はくしゅう)ら文壇作家の応援を受け、小川未明(みめい)、坪田譲治、新美南吉(にいみなんきち)らの童話作家を育て、戯作(げさく)的色彩の濃かった明治時代のお伽噺(とぎばなし)を、近代的な児童文学に高める役割を果たした。彼は『赤い鳥』誌上に、外国の童話や小説を子供にふさわしいように書き直した再話を精力的に発表したが、とくに『古事記物語』(1919~20)と『ルミイ』(家なき子)(1932~36)が優れている。なお、同誌を通じて子供の綴方(つづりかた)の指導を行ったが、その著『綴方読本』(1935)は現代綴方運動の基点としての役割を果たした。昭和11年6月27日没。[上笙一郎]
『『鈴木三重吉全集』六巻・別巻一(再刊・1982・岩波書店) ▽『鈴木三重吉童話全集』九巻・別巻一(1975・文泉堂書店) ▽『古事記物語』(角川文庫・春陽堂少年少女文庫) ▽根本正義著『鈴木三重吉と「赤い鳥」』(1973・鳩の森書房) ▽鈴木三重吉赤い鳥の会編・刊『鈴木三重吉』(1975)』

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世界大百科事典内の鈴木三重吉の言及

【赤い鳥】より

鈴木三重吉によって主宰された児童文芸雑誌。1918年7月創刊から29年3月までと,31年1月から36年10月の〈三重吉追悼号〉までの前後期を通じて合計196冊発行。…

【児童文学】より

…小川未明の第1童話集《赤い船》(1910)は,日本の児童文学に近代的文学精神と文芸形態をもたらしたさきがけである。未明と同じくネオ・ロマンティシズムに立つ鈴木三重吉も,世界童話の芸術的再話によって小波の世界おとぎ話の移植に対決した。三重吉が主宰する雑誌《赤い鳥》(1918創刊)は,新しい童話・童謡の創作をうながす文学運動のよりどころとなった。…

【生活綴方】より

… 生活綴方は,はじめ地方農山漁村の公立小学校の教室とその校区青年会で始まったが,学校では国定教科書のなかった国語科綴方(作文)の時間を使って主におこなわれた。その原型を打ち出した一人である小砂丘(ささおか)忠義は高知県の山村の小学校での実践をへて,1930年から《綴方生活》を編集,全国的な運動の契機をつくったが,その伏線として芦田恵之助の随意選題綴方の主張や鈴木三重吉の《赤い鳥》(1918創刊)による綴方のリアリズムの運動があった。農村の疲弊が進むなかで,東北地方では秋田の青年教師たちを中心に《北方教育》(1930)が創刊され,社会科学的な観点から生活を把握する眼を綴方を通して育てようとする〈北方性教育運動〉が展開された。…

【童謡】より

…これらは,従来のわらべうたと区別するため創作童謡,芸術童謡などともいわれ,またわらべうたの方を伝承童謡とよんでいた。 1918年に鈴木三重吉らによって創刊された児童雑誌《赤い鳥》を基盤に展開された〈赤い鳥〉の運動は,泉鏡花,小山内薫,芥川竜之介,北原白秋,島崎藤村ら当時を代表する文学者の参加を得て児童文学の運動として始まった。北原白秋がおもに詩を担当し,わらべうたのスタイルを踏襲した韻を踏んだリズミカルな詩をのせた。…

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