動揺病

内科学 第10版 「動揺病」の解説

動揺病(生活・社会・環境要因)

定義・概念
 動揺病は,車,船や遊園地ジェットコースターなどに乗ることによって生じる乗り物酔いのほか,ヴァーチャルリアリティや無重力状態で生じる宇宙酔いなどでも認められる.動揺病では,しだいに悪心,冷汗,顔面蒼白,嘔吐などの自律神経症状が誘発される.
原因・病因
 日常生活の運動では,過去に経験された運動パターンにおいては一定の感覚パターンが確立されている.動揺病は,過去に経験したことがないような異常な運動環境にさらされることによって,その運動に伴い予測される感覚情報パターンと,過去に習得したパターンとが一致せず,両者の間に感覚混乱が生じて症状が引き起こされる.特に,垂直方向の直線加速度が酔いやすく,動揺の周期,振幅,頻度や加速度の変化が大きいほど酔いやすい.さらに身体状況,低血糖,満腹,睡眠不足,疲労,換気不全など脳活動を左右する要因に依存すると考えられている.これは脳活動の低下に伴って脳内の統制機構機能が減弱するために,前庭,視覚および深部知覚からくる空間認知に関する情報の統合が不十分となって,動揺病が生じやすくなると考えられる.
疫学
 動揺病の易罹患性には個体差が大きいが,2歳以下や50歳以上ではほとんど発症しない.一般に男性より女性の方が発症しやすく,年齢に関していえば学童期以降に生じやすい.6~10歳にかけて発症頻度が急激に上昇してゆき10~12歳でピークとなる.小中学生の児童・生徒の約40%は乗り物に酔いやすく,約8%は動揺病発症の常習者であるといわれている.
病態生理
 日常生活の運動は,三半規管や前庭(耳石器)からの前庭情報と視覚情報や深部知覚情報が統合処理されて,空間認知(spatial orientation)が形成されるが,なかでも耳石器の関与が動揺病の発症において重要視されている.過去に経験された能動運動は,一定の感覚情報パターンが確立されており,脳が運動指令を発すると,感覚情報のメモリーにより,その運動に伴うと予測される感覚情報パターンを選択し,空間認知を維持する.しかし,異常な運動環境にさらされた場合,能動運動に伴って入力される感覚情報パターンと,予測される感覚情報パターンとが一致せず,ミスマッチ信号が生じて不快な症状が誘発される.これを神経ミスマッチ理論(neural mismatch theory)という. 特に頭に急な動きや加速度が加わると,三半規管と耳石器が乗り物の動きによって過剰な刺激を受けるため,眼から入る情報との間にずれが生じ,平衡失調を自覚するとともに悪心・嘔吐などの自律神経反射が生じやすくなる.
臨床症状
 動揺病では,前庭自律神経反射が生じるため,悪心・嘔吐が主症状である.初期は,めまい,生理的不快感,顔面蒼白などの症状を呈するが,しだいに冷汗,動悸頭痛などの諸症状を催す.この状態になると,周囲に対して無関心となり,活動性が低下する.さらに悪化し悪心・嘔吐を繰り返すと,脱水状態に陥る場合もあり,最悪の事態では死亡例も報告されているが,そこまでの状態になるのはきわめてまれである.このような症状は,刺激がなくなれば数時間から1日以内に,また刺激が続いても3~6日で自然回復する.これは動揺病の慣れの現象である.宇宙酔いは無重力環境にさらされてから3~5日経つと,慣れの現象によって軽快することが知られている.
治療・予防・対策
 発症した場合にはまず換気をよくし,可能であれば乗り物から降り抗ヒスタミン薬や鎮吐薬を内服する.嘔吐を繰り返して脱水に陥ったときには,補液が必要となる. 予防には,薬物治療を行う.抗ヒスタミン薬,7%炭酸水素ナトリウム(重曹水)を用いる.抗ヒスタミン薬はジフェンヒドラミンを1回1~2錠あるいはジメンヒドリナート1回1~2錠を内服する.眠気を生じない抗ヒスタミン薬は血液脳関門を通過しないため効果がない.炭酸水素ナトリウムは1回点滴すれば2週間から1カ月間有効である.
1)一般的対策:
物理的・心理的加速度耐性の訓練のため,普段から頭や体の運動を心がけ,ブランコや鉄棒などで複雑な加速度に慣れ,体のバランス能を高める.冷水・乾布摩擦や腹式呼吸をする.積極的に乗り物に乗せ,少しずつ慣らす.自己暗示(自分は乗り物酔いしやすい)を取り除くことが重要である.
2)乗り物前の対策:
脳機能を良好に保つように心がけ,疲労,体調不良,睡眠不足,空腹,また逆に満腹の状態を避けるようにする.
3)乗り物中の対策:
船は振動の少ない中央部,バスは前から4,5番目の席,自動車は背もたれにもたれ閉眼するか遠景を眺める.飛行機はシートを倒し,楽な姿勢になる.電車では前方部分に位置し,周囲の静止空間(地面や海面)を意識し,進行方向に向くのがよい.読書やゲームなど下を向いての細かい作業はしない.悪臭,高温,高い湿度なども悪影響を与えるので,換気するのがよい.[鈴木光也・高浪太郎]
■文献
伊藤八次:予防医学からみた動揺病,JOHNS, 25: 1743-1746,2009.
Shupak A, Gordon CR: Motion sickness: advances in pat­hogenesis, prediction, prevention, and treatment. Aviat Space Environ Med, 77: 1213-1223, 2006.
Takahashi M, Toriyabe I, et al: Study on experimental motion sickness in children. Acta Otolaryngol, 114: 231-237, 1994.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

家庭医学館 「動揺病」の解説

どうようびょうのりものよい【動揺病(乗り物酔い) Motion Sickness】

[どんな病気か]
 乗り物に乗った際に気分が悪くなり、吐(は)き気(け)、嘔吐(おうと)などが生じる状態で、ふつう車酔い、船酔い、飛行機酔いなどと呼ばれています。大画面の移動でおこるシネラマ酔い、宇宙空間(無重力状態)での宇宙酔いなども動揺病の1つです。
[症状]
 吐き気、嘔吐、顔面蒼白(がんめんそうはく)、生つば、冷や汗とともに軽度のめまい(ふらふら)がおこります。
 ふつうは、短時間で回復しますが、しばらく(ひどいときには1日以上)不快な感覚が続くこともあります。
[原因]
 わたしたちは、目で見てまわりの物の位置を知り、内耳(ないじ)(平衡感覚(へいこうかんかく)をつかさどるところ)で自分の動きやスピード(加速度)を感知しています。そして、微妙な動揺や振動を皮膚から感じ、これらの感覚をもとにして周囲の景色における自分自身の位置を頭の中で常に認識しています。
 乗り物酔いは、この位置関係が正確にわからなくなるためにおこると考えられています。
[治療]
 可能であれば、すぐに乗り物から降りましょう。
 それがむりであれば、換気がよく、動揺や振動の少ない場所(バスや電車は中央かやや前より、船は中央)に移動し、着衣をゆるめて楽な姿勢(できれば横になる)をとります。どんな治療よりも安静が第一です。
 吐き気、嘔吐などが続く場合は、耳鼻科(じびか)や内科を受診すると、薬の注射や内服で症状を和らげることができます。
[予防]
 頭の中がスッキリしているかどうかにかかっています。睡眠不足(すいみんぶそく)、過労(かろう)、空腹、飲酒などで、頭のはたらきを低下させた状態で乗り物に乗るのは避けましょう。
 酔いにくい場所に、酔いにくい姿勢で乗るようにします(治療の項参照)。発症に心理的な要因も大きく影響しますので、酔わないぞと自分にいいきかせたり、雑談で気をまぎらわせたりするのもいいことです。市販の酔い止め薬を服用するのも1つの方法です。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「動揺病」の意味・わかりやすい解説

動揺病
どうようびょう
motion sickness

船酔いや航空病のように,乗物の動揺や振動に起因する一過性の病的反応をいう。動揺,加速によって起る倦怠,悪心,嘔吐,冷汗などの症状は古くから知られていた。前庭器の強い興奮のため,運動神経系だけでなく,自律神経系にも起った反射現象とされているが,ホメオスタシスの失調,あるいは適応の失調という学説もある。心理的影響,室内条件,悪臭,視覚の影響なども複雑に関係している。反復して動揺にさらされると,次第にかからなくなることが多い。慣れないときには予防薬を内服するが,この際にはねむけなどの副作用に注意しなければならない。

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