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北山殿 きたやまどの

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

北山殿
きたやまどの

室町時代,3代将軍足利義満が京都北山に営んだ別荘をいい,これにちなんで義満自身をもいう。ここには,元仁1(1224)年に西園寺公経が建てた別荘があったが,義満は西園寺実永からこれを譲り受け,工費百余貫を投じて応永4(1397)年に完成させた。同 15年には後小松天皇が行幸した。鹿苑寺金閣はその遺構。当時は,舎利殿,天鏡閣,護摩堂,懺法堂があり,広大な庭とともに異彩を放っていた。

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大辞林 第三版の解説

きたやまどの【北山殿】

1224年、京都北山の衣笠山山麓に西園寺公経きんつねが建てた別荘。1397年、足利義満が譲り受け、山荘を建てた。義満死後、禅宗寺院鹿苑寺ろくおんじ(金閣寺)となった。
○ 足利義満の異名。

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世界大百科事典内の北山殿の言及

【室町時代美術】より

…それは,平安時代の宮廷美術に代わる,新しい貴族趣味の美術としての側面をそなえている。義満が建てた北山殿の遺構である鹿苑寺の金閣(舎利殿,1398)は,それまでの住宅建築になかった三層の楼閣であり,禅宗寺院の影響が指摘されている。しかしながら,北山殿の主屋は寝殿であり,独立して建てられた会所は,唐物,唐絵の陳列場でもあった。…

【鹿苑寺】より

…北山と号し,通称〈金閣寺〉で有名。現寺地辺には公家の西園寺家の山荘があったが,これを足利義満が譲り受けて,1397年(応永4)から北山殿(きたやまどの)の造営に着手し,翌年義満はここに移った。以後1408年の義満没年までの10年間,北山殿は室町幕府政治の中心となった。…

※「北山殿」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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